南淵明宏先生(大和成和病院院長) 

2010年5月16日(藤沢市民会館小ホール)

近況報告「事業仕分けに参加してきました」

患者の皆さんとの再会で毎回元気、勇気をいただきます

 皆さん、こんにちは。今日は非常にいい天気で、会場の入り口で皆さんが入ってくるところを眺めさせていただきました。あれはご挨拶ということでもあるんですけれども、いつもこの席で言わせていただくんです。ほんとに僕自身が元気をもらう瞬間でもあります。僕自身、この考心会というのが日ごろの手術の糧と申しましょうか、パワーをいただいているということにつながるわけです。
 とはいうものの、入り口で僕に声をかけていただいた方は、南淵先生は自分のことを忘れてるんじゃないかなと不安や疑問を持たれた方がたくさんいらっしゃると思います(笑)。確かにそうなんです。どこかで見たなという感じで、あの人はバイパスだったかな、弁だったかなと、それすらもわからなかったりすることもあります。中には鮮明に覚えている方もいらっしゃいます。
 それぞれ皆さん、心臓の手術というまさに死地の世界ですね。死ぬかもしれない、そういう状況を乗り越えられてきた、そういう勇士であらせられると思います。そういう方々にこういうところでまた再会させていただくということに人間の強さを感じます。 岩をもくだく皆さんの勇気です。
 それから今も日々元気に暮らしていらっしゃるという人間の命というか、人間の社会というか。運命、人生の尊さというものを本当につくづく思い知らされるというふうに思います。あしたも朝から2件の手術をさせていただくんです。その気力というか、不思議な力、あり余るほどの気力を皆さんからいただいたと思います。毎回で申し訳ないんですが本当に深く感謝いたします。

事業仕分けの「仕分け人」に選ばれた理由は分かりません

 この考心会はこうやって僕自身が何かお茶を濁すような形でご挨拶させていただいているんですが、大体ここに立つといろんな話が出てきます。今回は結構おもしろそうなネタがあるなと思って僕自身も来たんです。いま山本さんから紹介がありましたように、行政刷新会議が主催して行われた「事業仕分け」に、民間有識者仕分け立会人として会議に参加してきました。行政に無駄があるんじゃないかということで、その内容を精査するという作業ですね。
 会議で一つの議案を1時間ぐらいかけてやるんです。そこに国会議員が4人、それから民間の有識者という立場で10人、あと省庁の局長クラスの方々、審議官の方々が参加します。
 今回は独立行政法人というのが対象になりましたので、そこの理事長とか副理事長といった方々。そのわきには事務方がいます。例えば独立行政法人国立病院機構ですね。国立病院を全部ひとまとめにしているというところですが、理事長はお医者さんがなっていて、そのわきを固めている事務方は、厚生労働省からの出向であるわけです。とにかく全部省庁の一固まりの方々ということで1時間ぐらい話をするんです。
 総勢20人ぐらいの中で、質疑応答の形で、議論があっち行ったりこっち行ったり、なかなか発言しようと思ってもできないんですが、僕自身それなりに発言できたのかなと思っている次第です。今でもインターネットの画像で見れるようになっています。
 そのときの感想を「大和成和病院ニュース」に書かせていただきました。まず初めに、何で僕が選ばれたのかということですが、これは僕自身もよくわからないんです。考心会に限らず、いろんなところで好きなことを喋ってるのが認められたのか(笑)。それが永田町まで聞こえていって、おもしろい人だから呼んでみようということになったのかもしれません。
 しかし、僕自身もそうですが、ほかの民間仕分け人の方々もどこにも属していないんです。しがらみがないと申しましょうか、組織の方ではない人たちですね。弁護士さんや会計に詳しい方がいらっしゃいます。会社であっても外資系であったり。医者の私もそうですね。大きな組織に属している方もいるんですが、同じ職種でも割と自由に振る舞って発言され、行動されている方が多かったように思います。

独立行政法人がやってることを国民はほとんど知らない

 こういう機会が再びあるのかどうかちょっとわかりません。しかし今回は国立病院機構とか新薬を認可する医薬品医療機器総合機構(PMDA)といった独立行政法人。それから労災病院や国立大学運営管理センターという国立の大学病院に資金援助をする独立行政法人。そういった様々な分野でいろんなお話が聞くことができ議論ができたと思うんです。
 お配りした冊子にも書きましたが、この事業仕分けというものが単に予算を削るとか無駄だから廃止するだけというんじゃなくて、それ以前にそもそも独立行政法人が一体何をしているところなのかということすら、ほとんどの国民の皆さんは知らない。ここにいらっしゃる方だけじゃなくて僕自身も、厚生労働省関係では例えば病院の設備投資に対して融資してくれるありがたい独立行政法人がある。僕は民間病院の院長であるにもかかわらずそれを全然知りませんでした。え、そんな話は聞いたことがない、だれがそれを使ってるのみたいな、考えて見ればすごい話です。そんなのが非常にたくさんあったりします。

いろいろなサービスが国民には知らされていない

 例えば夜勤をされる方。これは厚生労働省の推定で800万人ほどいらっしゃいます。夜勤をされている方の健康診断です。普通一般に健康診断はだれでも半年に1回は受けられるんですが、夜勤だということで3カ月ごとに健康診断を受けたい人、希望者に対してその健康診断のお金を7000円、8000円ほど援助しようという独立行政法人の事業があります。皆さんは聞いたことがないと思うんです。800万人の中で昨年利用したのは何人ですかということになると、たったの2000人です。
 いいか悪いかは別として、これは国のサービスだけじゃなくて、例えば皆さんが直接関係するような身体障害者もそうだと思うんです。これはあえて市町村といったところは、身体障害者の皆さん、申請しましょうなんていうことは絶対言わないですよね。知らない人には絶対に教えないんです。教えないつもりでいるのか、あるいは周知徹底がなされていないという言葉になるんでしょうか。とにかくいろんなサービスというものがなかなかわれわれ国民のほうには知らされていない。当然そうなると利用できないということになるわけです。
 もちろん、そのサービスの趣旨は非常に素晴らしいわけですね。市のサービスにしろ、神奈川県や東京都のサービスにしろ、あるいは国の独立行政法人のサービスにしろ、非常に素晴らしい趣旨なわけですが、まずその存在自体、ほとんどの人が知らなかったりするというのが非常にたくさんあるんだなと思いました。

仕事が空回りして時間と労力、税金が無駄になっている

 4日間、行政事業仕分けということで朝から晩まで、ひざを突き合わせて議論し、白熱して集中してすごいエネルギーを使ったわけです。確かに国の事業というのはすごいんだなと思いましたが、何度も申し上げますが、そういう事業を皆さん全然知らないんじゃないか、あるいはそういうことにほとんどの国民が恩恵をこうむっていない。そういうところで一生懸命おやりになられるというのは何かちょっと気の毒だなと思いました。
 お役人の方々は一生懸命仕事をやっています。これは皮肉で言ってるんじゃなくて、ほんとに崇高な理念で国のため、国民のためということでおやりになっているようですが、それが全然知らされていない。そういう事業がいっぱいあるんです。例えばある業種への資金の融資制度が始まって2年間に1件の申し込みもないとかいうようなことも多々あるようです。
 そういうことがなぜ起こってしまうのか。いろいろ反省すべき点はあるのですが、要するに仕事が空回りしているということです。時間と労力、税金もそうですけれども無駄遣いだなということはすごく思いました。しかし国にはたくさんの人がいて複雑な状況になっていて、細かい仕事やいろんな事情というものがあって、なかなか一言では決められない。みんなが集まって会議するだけでは、ほんとのことは伝わらないということが多々あると思います。
 まず感じたのは、そういうエネルギーというものが知らされていないということの一点において、非常に空回りしてるということは、皆さん、僕が高いところから偉そうに、あんな会に出たから何だか偉そうにしやがってなんて思われるかもしれませんけども、それはつくづく思いました。

権力構造に守られるより、面白いから、楽しいから一緒にいるというのが一番強い

 あと各省庁のいわゆる高級官僚といわれる方々と面と向かってお話しすることができました。江戸時代ですと、庶民がああいうお役人様のところで直訴すると、「打ち首」というふうに相場は決まっております。僕自身も近々「打ち首」になるかもしれません(笑)。「打ち首」に匹敵するようなことは言わせていただいているような気もしますので、首を洗って待ってるというところなんです。しかし「大和成和病院ニュース」の最後に書きましたように、僕は患者さんがいて手術させてもらえるし、また病院のスタッフもみんな僕の周りについているということで、そういったことも一つ考えました。
 これはどういうことかというと、権力構造に守られてそういう肩書でいらっしゃる方々。これは皆さんも想像したり聞いてらっしゃると思うんですが、彼らも彼らなりに非常に厳しい人間関係で不安定と申しましょうか、安住の立場ではないと思います。しかし僕自身のいる、大和成和病院というほんとに小さな病院ですけれども、小さな病院であるがゆえに、スタッフ間の人間的つながりが非常に濃いものがあります。嫌なら出ていけ、みたいなところでみんなおもしろいから一緒にいる、楽しいから一緒にいるという雰囲気の病院です。それがほんとに強い、強い、強みです。

考心会がづっと続いていることは大変大きな力です

 それからこういう会もそうです。もちろん患者さんのきずながある。患者さんもこうやって集まっていただける。これは何度も言うことかもしれません。これもなかなかほかの病院では実現しづらいと思います。患者さんだけを集めてこういう会をつくる。患者さんにもいろいろいらっしゃいますし、いろんな派閥もできるかもしれません。あるいは文句を言う人がいたり、今どきですからなんだかんだと細かいクレームをつける人がいるかもしれません。運営するのは大変だ、ノイローゼになっちゃって、みんなほっぽってしまおうということも多々あるんじゃないかと思ったりもするんです。
 もちろん、考心会の幹事の皆さんの努力もあるんでしょう。この会は相当長く続いていて行事は今回で26回目ですか。驚くべき回数です。10周年事業というのをやりましたけど、来年は15周年記念事業もおやりになるということです。今後、30周年記念とか50周年記念というふうな話が出るかもしれません。いや、これは僕が勝手に言っているだけの話ですが。また、予算が大変ですよと言われるかもわかりません。あまり余計なことを言わないほうがいいのかも知れませんが、そういうことにもなっていくんじゃないかなと思うんです。
 それほどこの会がずっと続いてる。これはやっぱり大きな力です。一つの何か真実を物語っている現象じゃないかなと思います。無理してやっているわけでは決してないわけですね。無理してますと長く続きませんからね。

患者の思いは強い、それが集まればもっと強くなる

 こういう形のいわゆる自然の力、いわゆる流れというか、この風ですね。こういう風がずっと吹き続けているということは、別な言い方をすれば、大和成和病院を支えていただいているという一言に尽きるんです。
 しかし、今の社会は医療はどうあるべきかということ。医療というものが崩壊しているとか、勤務医が大変だとか、医者がいないとか、なんだかんだ言ってるわけですね。それに対しての一つの正解というか回答を示しているんじゃないかなというふうに思ったりするんです。そのキーワードというのは、医者の立場から見た言い方なんですけれども、やっぱり患者さんは強いということです。人の思いというのは非常に強い。それが集まればもっと強くなるというふうに、これに尽きるんじゃないでしょうか。
 こういうことでもって、やっぱり大和成和病院で起こった現象というものを全国に広げていけば、もっともっと医療というものがよくなっていくし、無駄がなくなるし、またそこでつらい思いとか、あるいは互いに不信に思ってののしり合う、医者と患者がぶつかるということもあるわけですが、そういうこともなくなっていくのかなと思ったりしております。
 10年ほど前から医者はひどい、医療事故だ、医療ミスだとか言われて来ました。それがここ2、3年は、お医者さんは大変だ、かわいそうだ。病院がつぶれる、やばいなというようなことで、患者の医者を見る目、医療を見る目というのが変わってきています。しかし、どうしたらいいんだという答えもまだ出てきていません。

近所であてになる病院は数えるほどしかない

 話は戻ります。ああいう行政刷新会議、あるいは事業仕分けで有識者の方々、それから国会議員の方々、いろいろな方から、医療の問題に関心があるということを仰っていただきます。行政刷新会議には関係ないんですが、神奈川県の参議院議員で鈴木寛さんという方がおられます。今度改選じゃないですから今ここで口に出してもいいかと思います。鈴木さんは長年医療をやってるにもかかわらず、文部科学副大臣にさせられてしまった、というと変ですけど。だから彼は医療に関してのいろんな活躍ができない状況にあるんです。彼がやろうとしていること、いろいろな医療の改革ですね。医者の友達が多いなんて本人は言ってるわけです。僕自身はその考えに100%賛成ではないですが、とにかく医療を考えている。医療をどうこうしていこうという人は非常に多いんです。
 じゃ駄目な病院をつぶしてしまえ、統廃合しようということになると、これは政治家にとっては非常に致命的になります。どんなカスみたいな病院でも、ただのコンクリートの塊でも、とにかく病院はつぶせない、残しておかないといけないということが選挙の票を気にする政治家の宿命みたいなものです。そういうこともあってなかなか病院というものが、うまいぐあいに機能しないでいっているような気がいたします。
 ちょっと話がそれてきましたけれども、例えば心臓の手術をお受けになる患者さんで、歯医者さんにかかるという人が結構多いんです。脳外科にかかるという患者さんも結構いらっしゃる。大和成和病院の近辺で、すぐに脳外科の手術ができるところなんて二つしかありません。南町田病院と横浜新都市脳神経外科病院(東急田園都市線江田駅の近く)の二つです。ほかの市民病院も大学病院も全然当てになりません。すぐに引き受けててくれなかったりします。
 そういうことで、ほんとに医者から見ても医療は崩壊している、というと変ですけど、この神奈川という人口900万人もいる、そういうところに病院が山ほどあっても、ほんとに当てになる、ちゃんとやってくれそうな病院というのは各診療科で数えるほどしかありません。
 これだけ病院があるのにほとんどが役に立たない状況って一体何だろうということを、みんな思ったりしてるんですね。これが今後どうなっていくかということを考えると、実情を知れば知るほどお先真っ暗になる。実情というのは先ほど言いました、僕がああいう会議にのこのこ出ていっていろいろな方々の医療に対する考え方をお聞きするわけですが、みんなはっきり言ってお手上げなんです。その実情を知るにつけ、余計にこれは絶望的だな、なんて思ったりするわけです。

手術をしなくなった医者の話は聞いていただけない

 そんな中でうちの病院が奇跡的というと変ですけど、何とかうまいぐあいにといっても変ですが、患者さんのご支持を得まして手術を日々やらせていただいているという状況なわけです。自分としてほんとに何ができるのか、何が言えるのかというのは、これほど皆さんの支持を得てここまで来た大和成和病院ですから、何とかそれなりにやらせていただいている、この僕の立場からです。僕の立場は手術をやっている立場なんです。ここで僕の話を皆さんに聞いていただけるのは、あした僕が手術するからなんですね。あした手術しなくなってしまったような、かつて医者だったような、医者の免許だけ持っているような、偉そうにだけしているような人間の話は絶対聞かないと僕は思っています。
 だから手術をやってる、そういう現場の人間である限りは何か言わなきゃいけないことは言おうかなと思っているわけです。だからそれを辞めたら言う資格はないと思ってます。僕はずっと一医療者、現場の心臓外科医でしかないと、こういうふうにずっと思っておりますので。何かいろんなところからお呼びがかかるようなことがあるんじゃないか、なんて僕を買いかぶって心配してくれる人もいるんですけど、それは僕がほんとに医者を辞めたら食うに困るんで、そうなったら何かいろいろそういうこともやろうかなというふうな気はします。
 そうじゃなくて手術できる、あるいはやらなきゃいけない、あるいはやらせていただいている間というのは、これほど自分として充実した時間はないわけですから、ほんとにそれを天職だと思っています。今は、でも52歳ですから、10年はちょっと無理かもしれないですが5年は大丈夫かな、なんて思っているんです。でも、あと5年したら、また5年は大丈夫と言うんじゃないかなと思うんですね(笑)。いいかげんなもんなんです(笑)。
 でも、とにかく患者さんが来ていただく限り、僕は心臓外科医として頑張りますし、僕は心臓外科医でしかないというふうに思っております。皆さん、今後ともご支援をいただければと思います。よろしくお願いします。ご清聴をありがとうございました(拍手)