2006年10月29日 10周年記念講演

「心臓外科治療の新たな試み」

これまで見捨てられていた患者さんに光を

米田正始

京都大学医学部心臓血管外科教授

 バイパス手術の進化 

 考心会の皆さん、10周年おめでとうございます。非常に立派な活動をされていて、私も何年か前に一度来させていただいて、あのころよりもさらに立派にやっておられるのを見て、また感心しました。
 大学というのは、さっきのお話にもありましたが、なかなか難しいところがあるんですね。それで大学を変えてやろうというような気持ちもあって、外国に長い間居た後、喧嘩しようというつもりで日本の大学に乗り込んで行ったんですけど、結構、大変で、苦戦しています。そうした中で私も8年になりますが、仕事自体は少しずつ成果が出てきて、その一部ご紹介したいと思います。
 現時点で一番代表的な手術というのはやはりバイパス手術ですので、これは南淵先生からよくお話を聞いておられると思います。
 要するにいろんな病気、重症の方ですね。透析とか糖尿病、超高齢者の方とか、それから脳梗塞を患われたことのある患者さんとか、肺の悪い人とか。あるいは足の血管の悪い方ですね。それからがんとか、肺炎とか、いろんな感染症のある人ですね。そういう方でも結構いけますので、これはほぼ定着したというふうにいえると思います。
 これはカテーテルの治療が良くなった今でも、やはり最後のとりでみたいになっていると自分では思っています。ただバイパスというのは随分いいんですが、まだまだもっと良くすることができるんじゃないかと、自分なりにいろんな工夫をしているのをちょっと見ていただきます。
 例えば、血管は心臓の表面にあるんですが、奥深くうずもれているときは結構やりにくいんです。こんな新兵器というか、それほど新しくもないんですけど、特殊なエコーを使ってうずもれている血管を見つけて、これであれば1センチ以上の深いところにうずもれているんですね。ただ、そこにあるということが分かれば、あとはそこを自信を持って掘っていくだけです。見つけることができれば普通の手術よりはちょっとやりにくいところはありますが、慣れた者にとっては、それはそれほど苦痛ではありませんので、こうやってここにあるということは確信があるわけです。
 深いところにある血管というのは、結構いい血管が多くて守られているんですね。こんなふうにV字形に入り込んだ、氷河の山の湖みたいな感じで、そんな格好であとはもう普通に縫い付けるだけです。
 それから、今はいろんないい方法があるんですが、例えばこれですね。バイパスしたところをエコーでずっとスキャンするんですね。上がグラフト、下がつける血管ですね。この雪だるまみたいな格好になったら、縫ったところがきれいにくっついている、開いているというのが分かるわけです。その上でしっかり流れているという血流を何重にも確認して、安心して枕を高くして患者さんも私らも寝れるという、そんな感じのやり方です。主治医は一晩そこで横にいて頑張りますけど、私たちは仮眠ぐらいはできるというようなことですね。
 それから御礼パッチというのは、「満員御礼」の御礼みたいな名前ですけど、長いグラフト、長い区間を縫うんですね。その血管がすごい悪いとき、そんなときにも同じ方法でそこをスキャンして、下が血管、上がバイパスですね。スキャンして、ここで8の字型、雪だるま型でずっとスキャンして、ずっときれいきれいと来て、ここからはもとの血管ですね。だからこれはきれいに行ったねと確認して、実際こんなふうに血管が見えてて、たっぷり血液が流れている。これでまた安心してICUに戻れるわけですね。
 これは透析。私の個人的な経験では、透析30年という方の手術までさせていただいたことがあるんですが、見事な血管で、石の管を縫っているような感じの血管ですね。そういうのをいろいろ工夫したら縫えるんですね。途中で針がやられて何回も針を取り換えますけど、まあ何とかこうやって、まさに石か鉛の管を縫っているような感じです。
 よいしょ、よいしょとこうやって、たまに針のほうが負けてしまうので、そこで針を取り換えて、またそこで気を取り直して、そこからさらに続けていく。ほんとによいしょ、よいしょという感じです。グラフトのほうがやっぱり軟らかいんですね。それが手術のいいところで、それもこうやってスキャンして。確かに石灰化してますのできらきら光っている。あんなにきれいに膨らんでいるので、これならばっちりという感じですね。
 そんなことで、リスクファクターのある方は、手術前の方はもちろんですけれど、手術の後でも、やはり新しく病気をつくらないというのは大事です。こういうリスクファクターのある方は健康管理を注意していただきたいと思います。
 それから心筋梗塞を患われた経験のある方というのはご記憶があると思いますけど、全然痛くないという方は結構、このごろは多いんですね。だから、痛くないからといってそう油断してはいけない。ちょっと検査すれば分かることです。
 それから南淵先生の話にも出てましたが、薬剤溶出ステントというのは素晴らしいものですが、時々、突然死があるんですね。特に薬を切ってしまった後ですね。その辺のところを考えて、やはりどんなものにも弱点はあるというように、そういう素晴らしいステントを使ってたらこれで私は大丈夫というふうにはやはり思ってほしくないんですね。
 実際、このステントの後で、手術をさせていただいたのが何例かあります。やっぱり悪くなるときは悪くなるんです。これは血が固まらない薬を思いっ切り飲んでますから、もう出血との闘いで一苦労です。その代わり、手術が完成した後は、そこの薬剤ステントの場所で血栓ができたりする心配がないという手術をしてますので何とかなるわけですけど、一応、注意は必要だということです。

 バイオCABG

 しかし、そういうカテーテル治療とか、バイパス治療すらできないような患者さんも、このごろ大分増えてきています。それはどうしたらいいかということで、私なりに試みを始めてます。まず動物で何度も何度も実験して、ようやくこういうのにたどり着きました。要するに細い血管しかない患者さんですね。縫わなくてもバイパスができるような。
 これはおなかの血管に造影剤を入れて、心臓の血管がパーンと映ってるんですね。実は心臓は非常に良くなっています。これをバイオバイパスとか、バイオCABGと呼んでますけど、実際にこの血管にプラスチックを注入してみると、直接縫っているわけではないので細い血管の塊ですけど、山のように血管が、バイパスができてます。ここまで2例の患者さんでやってます。
 1例目の方です。ここには通常のバイパスをつけるんです。これは無理やりにバイパスをつけられないことはないんですけど、ほとんど流れる場所がないというような状態で、ここも同じ。だから心臓の裏側がほとんどよくできないという状態です。右の冠動脈はないという、ほとんど裏側から側壁にかけてだめだと。
 こんなふうにまず1本バイパスをつけて、これでもちろん結構元気になるんですが、とにかく裏側の広い範囲を何とかしようということで、おなかの血管をずっとつけてひっくり返しています。いわゆるオフポンプで、南淵先生の得意な方法と全く同じ方法ですけど、この部分だけは新しい再生の方法になるんですね。この血管の、たっぷり含んだおなかのたまっている組織です。
 この血管をつくるタンパクを、ただここに置いておくだけなんですね。置いておくとポロッと取れますので、しっかりとこれで固定してどこにも逃げていかないように押さえ込んでいく。心臓はこうやって動いているんですね。これで血圧もちゃんと保ちながら、患者さんは元気な状態で手術中は維持できます。
 こっちはおなか側ですね。この辺なんかは霜降り状で、かつての心筋梗塞のあとで結構悪いんですけど、ところが生きている筋肉は結構ありますので、これはできるだけ血流を増やしてあげようということです。このおなかにある組織を、心臓の表面に軽く固定しているだけです。血管は全然縫ってないです。こんな感じで心臓の裏側の大半をこういう血管をつくるタンパクと、こういうおなかの組織で包むだけですね。
 これは2週間でどうなるか。これはアトラスから借りてきた断面図です。手術前、この赤いところは血流が多少流れているところですね。術後、ここにはバイパスがついていますから、ここがよく流れるのは当然なんですけど、この背中側も非常によく流れてます。もともとほとんど流れてない状態がかなり、まるでバイパスをつけたように流れてます。
 実際、動き方も、これは手術前ですね。この辺がちぐはぐな動き方をしていたのが、もう今はほぼ正常にキュッキュッと動いてます。非常に元気になっておうちに帰っておられます。こういう形で、「あなたはもうだめ」といわれていた人がこれからどんどん元気になってもらえるんじゃないかと、そんな期待を持って今は進めてます。

 梗塞した心臓をもう1度組み立てる

 しかし、いろいろ工夫していても心筋梗塞になってから病院に来られる方もあるわけです。そういう方はどうするかということで、心筋梗塞、例えば梗塞になったところがボコッとはれる。中には穴が開くときがある。この二つの部屋の間の壁のところに穴が開くVSDと呼んでますけど、そんなことがあります。
 それから、ただ単に全部が悪くなるという方も結構このごろは増えてます。そういう方で、ソウエンが逆流したりするんですね。逆流するとうんと悪くなります。これもかなり手が打てるようになってきています。
 特にこの壁の穴ですね。これはうんと息苦しくなったりしますから、何かおかしいというのがすぐ分かります。そのときはもう明日の朝までとかいわずに、その場で直ちに救急車を呼ぶというぐらいでもちょうどいいぐらいです。
 そういうふうな患者さんをどうやって治すかということです。いろいろ工夫をして、心筋梗塞でがたがたになった心臓をもう1回、組み立てるということをしてます。
 実際の患者さんの手術をまた見ていただきます。60歳、男性です。これは多分3年ぐらい前のどこかのテレビで、手術前からずっと密着取材で放送された患者さんなんです。非常に心臓の動きが悪くなっている。健康な人の約3分の1以下の大きさまでなってます。思い切り大きくなってます。それから非常に悪い不整脈が出て、それから血栓が心臓の中にできて、これが飛んだら1発で脳梗塞とか突然死というような状態です。
 実際には動かないんですね。心臓のこれ、先っちょのほうは全然動きませんし、根っこのほうもちょっと動いているだけです。横断面ですけど、これでもあんまり動かない。弁はまたしっかり逆流しているというような状態です。しかし、このままではどうにもなりません。
 先ほどの南淵先生の話では、こういう患者さんは、身の安全を図るならそっとそこから逃げておくのがいいんでしょうけれども、それでは話は全然進みませんし、患者さんも浮かばれません。こういう人を治してこそ医者じゃないかと思いますので、こここそ頑張りどころだということで、まずこの血栓を張っとって、これで脳梗塞の可能性はうんと減るわけですね。
 次いで、この心筋梗塞でやられた心臓がくまなく動いている状態でどこが悪いか、すぐ分かりますので、そうやっておいて、かなりたちの悪い不整脈が出てましたから、不整脈が出るとおぼしきところをこうやって焼くんですね。これで不整脈が大体出なくなって、次いでこの心臓がダーッと広がっているのを、まず形を整えるということをやってます。
 うんと奥のほうは別個に整えて、かつ、ここから先ですね。要するに悪い場所を残さない。悪い場所はパッチできれいに固めて、いい場所はそのまま、それがフルに力を発揮できるようにするということですね。この間、ずっと心臓は動いてます。
 私は昔、学生時代に古い自動車に乗ってたんですけど、冬になるとエンジンがかからないんですよね。どうやったらいいんだろうかといろいろ考えて、みんなの意見をいただいたら、一番いいのはエンジンをつけたままにしておいたらいいんだと。それならまさか止まることはないだろうということで、それは非常に科学的というのか。実際にこういう患者さんはエンジンを止めないようにしてます。そうしておけばエンジンはかからなかったということはありません。
 それでこのパッチですね。このパッチの大きさで新しい心臓の形とかパワーが決まりますので慎重に作って。パッチをつける前に、もう1個の僧帽弁のある左心房という部屋を開けて弁を形成してます。こんな形で動いてて、動いているものはやりにくいというのは外科医の常識ではあるんです。だったらゴルフと野球と、動いているボールを打つのと、止まっているボールを打つのとどっちが難しいか。それはまたいろいろで、動いているからこそよく分かるというところもあります。私はどちらかというと、なるべく動いている状態でやってます。
 糸がかかって、これからこのリング、白い部分が体の中に入るわけです。これで弁がだらんと広がっているのをきれいな形に整えることができるわけですね。弁といっても、これは左心室についている弁ですので、左心室がやられると弁自体が良くてもだらんと広がりますので、結局これは左心室を治しているともいえます。
 この弁の根っこのところをきれいに治してから、左心房をまず閉じて、それでもとのパッチのところに戻って、パッチがすごく立っているのが見ていただけると思います。このパッチの向こう側が新しい左心室で、手前側が除外された、やられた、悪くなった左心室ですね。悪いところはきれいに除外して、いいところだけで勝負するというわけです。
 もと開けたところはこうやって出血しないように軽く閉じておくということをして、あとバイパスつける血管が1本いいのがありましたから、また例によってこの人に限って深いところに寝静まっていて、これをまた見つけて、さっきの方法で、これだこれだということでオフポンプと同じ方法で掘っていって、そこにこのグラフトバイパスをつけてます。
 これがまたさらに力付けになります。それであと、こういう言葉を聞かれたことがあると思います。両室ペーシングという方法。これも3年ぐらい前の患者さんですので、旧式の道具です。この当時は最新鋭だったんですけど、こんな道具を使って、これで心臓の動きがばらばらになっているのを整えるんです。これだけでも1割やそこらのパワーアップが図れますす。手術前のさっき見ていただいた、だらんとした動きです。これが手術後は大分きびきびと動くようになって、このくらいだったら十分元気になっていただけるだろうというような所見で手術を終えてます。
 それから逆流していたのもほとんど逆流が止まってますし、この左心室側に弁がぎゅっと引っ張られているのも、ほぼ取れて真っすぐにぴたんとなってますので、これならもういい形が長持ちするだろうという安心感を持って手術を終わってます。実際、退院のときにもう既にかなりいいんですけど、6カ月後の検査でさらに動きが良くなって手術前の倍ぐらいです。その後、もう2年半、もうすぐ3年ぐらいになりますけど、非常に元気に仕事もされてますし、うまく経過してます。

 ドール手術とセーブ手術

 そんな患者さんを含めて、ここまで今まで80名ぐらいの患者さんになるんですけど、心筋梗塞でない方も心不全も含めると、それぞれの患者さんの病気の場所に応じた手術を選択してやってます。
 これは模式図で、おわんみたいな変な絵ですけど、これが健康な左心室。これが断面ですね。これは横から見た図です。それが心筋梗塞になると、こんなふうにだらんと大きく丸くなって、やられているところが薄く広がるんですね。やられてない場所まで薄くなってしまうのでパッチで治して、やられてない場所は元のこの形、パワーを取り返すわけですね。
 ところがいくつか治し方があって、ドール手術、一般に使われるのはこれなんですけど、これだとどうしても形が崩れるんですね。それでこんな「セーブ手術」と呼んでますけど、パッチをもう少し自然な形でつけて形を整える。これは心尖部、一番先っちょですね。先っちょは先っちょにある。ドール手術の場合、先っちょが変なところに行ってしまうんですね。それが大きな理由だろうと考えています。
 それからもう一つは、ここを切ってこれを中に入れるというオーバーラップという方法があって、まれに私もこれを使うんですけどちょっと弱点があって、これですね。悪いところを残してしまう。悪いところは将来、また、びろんと伸びて悪くなる。そういうデータを持ってます。それでいろんな方法をうまく特徴を生かした使い方ですね。弱点が患者さんを苦しめないような使い方を考えてやってます。
 そんなことで、それぞれいろんな方法をうまく使って。しかしドール手術はさっきちょっと見ていただいた方法でいくと割と良くはなるんですけど、良くはなりきらないんですね。動き方なんかも、やはり元の形、構造を整えるとぐっと良くなるデータが出てます。
 このぐらい重症になると、やはりバイパスの患者さんのように死亡率0・2%とか、あんなのは無理です。手術前はほとんど血圧が出なかったとか、緊急で肝臓も腎臓も、もちろん心臓も肺もやられているという患者さんを含めて、全部出せば残念ながら10%ぐらい失っています。ただ、よく見ると、余裕を持って前もって十分調子を整えてから手術する、時間的余裕のある人の場合は5%ぐらいにまでは持ってこれてます。新しい方法でいけば、それよりさらにいい成績になってます。だから、今後もう少しさらに良くなるんじゃないかと思ってます。
 面白いのは、手術のところはほんとに大変なんですけど、いったん手術を乗り切れば、あんまりその後は5年ぐらいフォローアップしてても成績が落ちないんですね。車でいえば、例えばボディとか電気系統の注意をするとすれば、バイパスの手術はエンジンに手を加えるというレベルの手術ですので、なかなか手術を乗り切るまでは油断もすきもないんですけど、そこを乗り切ってしまうと割とずっといけるんですね。
 従来の方法、ドール手術という方法でいくと、やはり手術を乗り切った後も何かぽつぽつと、例えば元気にしてたのに、術後2年ぐらいたって、ある日おふろに入っておられて何か出てこないなといって見に行ったらそこで亡くなっておられたとか。そういうことがあって、やはり自然な形で治すのがいいんじゃないかということを考えて取り組んでます。

 僧帽弁の逆流

 それでさっき逆流ということを申しました。こういう心臓がぼろぼろになると、僧帽弁が逆流してきます。なぜそうなるかというのは最近まであまりよく分かってなかったんですけど、だんだんはっきりしてきて、心臓の各部分、左心室の各部位それぞれがやられている。一番真犯人はここですね。左心室自体の壁が、左心室自体が心筋梗塞でゆがんでいる。そのためにそれぞれを治しにいっているわけですけれど、やはり最後は左心室自体を治す、エンジン自体を治すということで勝負をつけるようにしています。
 これは最近発表した方法で、左心室を治せない、つまりどこも同じぐらい悪くて、切り取るにはちょっと気が引けるというような患者さんですね。そういうのはなかなかどうしたらいいのか、みんな困っているところはあるんですけど、それを治すためにどうしたらいいか。やはり神がつくったものを尊重するのがいいんじゃないかと個人的には思ってまして、あまり人工的なことはしない。できるだけ神の考えに沿っていく。
 だからもとからこんな構造物があるんですね。病気のとき、これが引っ張り過ぎて、弁がこっちに引っ張られてすき間が開いて逆流する。だからといってここを切る人が最近、結構ヨーロッパなんか多いんですけど、日本でもあるんですね。ところがこれを切ると力がうんと落ちるんです。切るとそれをこうやってぐっと落ちると証明したんです。それでここの部分を別に人工のケンサクで自然の通りのものを作っておいた上でこれを切ると、ぐっと良くなるんですね。そんなことを確認して、実際の患者さんにも使ってます。
 これが手術前ですね。これを引っ張って弁が左心室側にぎゅっと引っ張られて逆流するんですね。それでこんなふうに自然と同じものを作っておいて、これですね。ぴーんと張ってます。ただ、弁はこれとは別個に自由に動けるようにしてあげる。そうすると逆流は起こらないということもやってます。
 そんなことで心筋梗塞になられた方の場合、いい形で落ち着けばそれでいいんですけど、その後にいろいろ問題が起こってくる。例えば、どうも最近は息苦しいとか、心不全、足がはれるとか、近くのお医者さんに「あなた、心臓の雑音が最近は聞こえるようになってきたよ」とか、そんなのがあれば早目に信頼のできる専門の先生に相談されるのがいいと思います。
 それから、症状が軽くても最近は心臓が大きくなってきたとか、脈が乱れているとか、そんなときも早目に行っていただくのが安全上いいと思います。というのは、悪くなると急にこれは悪くなりますので、もともと心筋梗塞でうんと弱っている心臓ですので、やはり注意はしていただくのがいいと思います。

 心筋細胞移植

 ここでちょっと話を変えて、「大学ですので」患者さんに役に立つ研究というのは人一倍しっかりやるのがいいんじゃないかなという気持ちもあって、これは今すぐはできないんですけど、多分、今から3年、5年後以内には何かの格好でできていると思います。
 これは先ほど見ていただいた左心室形成術に、この場合は心筋細胞移植ですね。胎児の心筋細胞を移植して。もちろん動物です。どうなるかというと、手術の後、心臓がぐっと小さく、また動きがぐっと良くなる。ところが手術をしてもほっておく、薬も使わない。動物ですからほったらかしにしておくと、だんだん悪くなってくるんですね。
 そのときに心筋細胞移植を同時にやっておくと、結構もちがいいんです。この分厚さが結構保たれて、ここに移植した細胞が結構、残っているんですね。手術しっぱなしであると、ダーッと広がってくるという傾向があります。動物なので薬も使わない場合です。そんなことでこれから使えるかなと。
 それから、だれの体の中にもある骨格筋細胞ですね。これのおかげで、みなスポーツとかやって筋肉を少々消耗しても、むしろもりもりと筋肉がついてくるんですね。普段タネみたいな格好をしてるんですけど、これを多量に移植してみたらどうなるかなとやってみると、つまりこれは結構強いんですね。しぶとく増えてくれるという性質があって、大量に10倍量を入れてみると、もう左心室の壁全部を置き換えるぐらいに増えて、これは結構いけるかなと思ってます。
 ただ、これは自ら動かないので、あくまでも左心室の壁をしっかりと守るというのが主目的です。これは多分、来年ぐらいには研究に入れるかと思ってます。アメリカやヨーロッパではもう2〜3年前からやってますので、日本でもある程度は患者さんにとってメリットがあるんじゃないかと思ってます。
 これですね。人間の人生で、いろんな体のあちこちで、軟らかくあってほしいものがだんだん硬くなっていったり、硬くあってほしいものがだんだん軟らかくなっていったりするのはよくあるわけです。心臓はどれかというと、心不全の場合は硬くなっていくんですね。何とか軟らかくしようということで、この繊維分、要するにお肉でいえば筋ですね。まさに筋です。その筋を溶かすことが実はできるんです。
 それはこういうHGFというタンパクを表面からじわっと2週間ほど放出させると、溶けるというより、繊維分を作るのを止めるんです。それでこのきれいな姿になって、動きも非常に心臓としては良くなります。それを左心室形成術、さっきの手術を併用すると、ますますいい形ができて、今後これをできれば2〜3年ぐらいの間に実際に安全に使えるようにもっていきたいと思ってます。

 弁膜症と心房細動

 ここでお話を変えて弁膜症の話をします。弁膜症は、リューマチとかそういうのが減ってこれから減っていくのかと思うと、結構、逆に増えています。いろいろ理由はあるんですが、年齢性のものとか、動脈硬化性のものとか、先ほどのように心筋梗塞絡みとかですね。
 それから感染絡みで若い人にも結構あります。その場合、何しろ長い人生を支えるだけの手術をする必要があります。それから高齢者は高齢者なりに、またほかの病気が起こっても、その治療の妨げにならないような手術をする必要があります。高齢者といっても、例えばこういう人工弁も非常に良くなって、65歳でもう生体弁はかなり今は使えるんです。長持ちするようになっています。
 それから、弁の形成をすればさらに長持ちが期待できますから、それも積極的にやるというような方向です。それも踏まえて、最近やっていることをご紹介します。
 弁膜症絡みで一つ困った問題というのが世界的にあって、それは心房細動なんですね。心房細動はちょっと脈が乱れているだけというように、かつては思われてたんですが、そのままにしておくと実際は非常に予後は悪いんですね。元総理大臣の小渕さんもこれで亡くなってますし、長嶋さんも結局、現場復帰はかなり無理というような状況になってます。何年単位で見ると、かなり大勢の方が世の中では亡くなっているんですね。
 実際、統計を取ってみると、心房細動があるというだけで死亡率が2倍近くまで増えます。非常にたちの悪い病気だと。何となくがんよりは簡単に見えるかもしれませんが、死んでしまえば、がんと同じだけ悪いわけですから、やはりほっとけないということです。
 外科で手術する、外科で治す心房細動というのは、あくまでも弁膜症とか、バイパス。狭心症にくっついたものだけですが、心房細動だけで手術するというのは、よほど何か心房細動のために血栓ができて、それが今にも飛びそうだとか、そういう命の危機が迫っているようなときぐらいで、あくまでも弁膜症とかバイパス絡みです。それでも心房細動が長い、例えば10年、20年、30年とか、それから巨大左房になっているときはあんまり効かないんですね。
 カテーテルでも心房細動はそこそこ治せるんですが、カテーテル治療の専門の先生でも「こんなのは最初から論外や。勘弁してくれ」ということをはっきり言っておられますので、だから何とかできないかなということなんです。その中で、左心房の大きさが非常に大事だということが分かってきて、これを小さくすれば非常に成績が良くなる。小さくするのは、これは外科ならできるだろうと考えていろんな工夫を今はしています。
 かつて切って小さくするのをやった人がいるんですけど、やっぱりこれは出血するんですね。特に心臓の裏側なので、いったん出血したらどこから出てるか見えませんし、このために死亡率が高くなると困るので絶対に出血しない方法で、なおかつ心臓を小さくしようということをやってます。
 これはコンセプトで、大きくなった左心房の真ん中の段をすぽんと取るような感じの、それも折り畳んで小さくするということをやってます。具体的にはこんな格好です。50歳の女性で、やはり弁膜症絡みです。弁の逆流があって数年前からの心房細動ですけど、ただ、左心房が非常に大きくなっていて巨大左房といっていいぐらいですね。これを何とかしましょうということです。
 普通はこれよりはるかに小さいものですから、これはまず一番もとの病気を治さないといけませんので、弁の逆流は弁の形成で治します。弁がぴたっと合わなくなっている。弁がかみ合わなくなっているところを、一部の悪いところを切り取って、その両端、両サイド寄せて元通りの形できれいに弁が動くように、あるいはぴたっと閉じるようにしてます。
 見て分かるように、ここが曙のおなかみたいに膨らんでいるんですね。通常はこのままでいくのが世の中の常識なんですが、私なんかこの腹を見たらちょっと小さくしてあげようとつい思ってしまう。余計なおせっかいかもしれませんけれども、ただ、それが左心房を小さくすることが患者さんにとって素晴らしいことだという確信を持ったので、いろいろ工夫をして、このおなかをこういうふうにしようとしているところです。
 こうやって折り畳んでいくわけです。それであれば、出血はまずよっぽど何か組織を引きちぎるようなばかなことをしない限りは出血はあり得ませんし、ここまでメイズ手術を私は150例ほどやらせてもらってますけど、このメイズ手術のところ自体で出血したのは1例もありません。
 骨のところからちょろちょろ出たとか、念のために開けてきれいしてまた帰ってきましたとか、そんなのはありますが、心臓の裏側からえらい出血がありましたとか、そんなのは全くありません。こうやってさっきの曙のおなかみたいになっていたのが、随分引き締まってきたのを見ていただけるかと思います。このようにしてずっと触っても大丈夫、安全なところを引き締めていっているわけですね。
 患者さんに向かって右側からこれを手術してますので、左側の肺静脈の入り口が見えてきて、またさらにもっと小さくするんですが、今度はもっと上のほうですね。ちょっとこの画面ではどうしても隠れてしまうんですけど、そこのところも小さくして、安全に小さくできるところはできるだけしっかりと小さくした上で、この縫ったところを凍らせて電気的に悪い電気信号がそこを通らなくするんですね。
 そんなふうにして、あと手前のほうはうんと小さくしながら閉じていくということをして、あと右心房のほうも同様の操作を加えてます。それから右心房にある三尖弁も同じようにして形成をしてます。その後、患者さんもすっかり元気になられて、弁の逆流は二つとも取れて、左房系が非常に小さくなって、これが手術前、これが手術後ですね。大分小さくなってますし、違う角度から見るとこんなにあったのがこのくらいですから、うんと小さくなってます。正常よりはちょっと大きいぐらいですけれども、正常範囲にほとんど入りだしています。このくらいになって、それから脈も正常になってます。まあ、そんなことをしてます。
 外国のアメリカやヨーロッパの学会なんかでも何回か発表してるんですけど、これで5年以上の心房細動を持っておられる方とか、非常に大きな左心房を持っておられる方で比較をしました。合計66人の患者さんです。細かいことは無視していただいたらいいんですけど、この新しい図式を用いた患者さんの平均の心房細動は12年です。
 だから、もう普通であればまず無理せんとこうという長さです。それから左心房は平均で66ミリですね。これも普通ならほっておこうというぐらいの大きさです。いろいろ工夫して、手術で止めてる時間は大体90分ぐらいで、まあまあ患者さんとしては悠々と堪えられるぐらいの時間には収めてます。
 バイパスを一緒にやったり、三尖弁やったり、大動脈弁を換えたり。これはそれぞれの患者さんの必要に応じて手術を併せて行って、結果、直後で数がまだこれで83%が不整脈が取れてるとまあまあぐらいですね。ただ、もともとこの不整脈手術ができない患者さんが相手の話ですので、まあまあかなと。
 ところが、面白いのは1年たつと、これが90%ぐらいに上がってくるんですね。これ見たら、「うそやろ」と皆が言うんですけど、よく見てみると左心房の大きさが、術直後ぐっと小さくなって、さらにぐんぐん小さくなっていくんですね。思ってみれば弁はきれいに治しているので、かつある程度、左心房は小さくなってますから、さらに良くなっても全然おかしくはない。一方、従来の手術方法でいくとほとんど小さくなってないんですね。
 それから、心房の動きも時間と共に良くなるというような結果を得ています。そうすると、例えばこれはまた別の一例ですけど、手術前は左心房がこんなお鏡もちみたいな、曙のおなかみたいになってますけど、術後はこんなんですから、これはほとんど正常に近いぐらいになっています。「これなら不整脈取れても納得できる」と、結構このごろは言っていただいて、それなりの効果が出てるかなと思ってます。
 そんなことで、これで内科ではまず手も足も出ない心房細動が、こうやって手術のとき一緒に治すことができれば、かつ安全に、さらにいえば安くこれはほとんど無料でできますので、同じ手術をベトナムでやってもばか受けで、シンガポールからベトナムのホーチミン市でたまに手術で行くんです。
 シンガポールの偉い先生も時々来てるんですね。なぜかシンガポールの先生が手術したら、京都の先生よりも20〜30万円お金が高くつくとかいう評判があって。それは当然で彼らは高い使い捨てのゴージャスな道具を使いますのでね。私ら、この冷凍はただですからずっと安いんですね。そんなことで、安かろう、悪かろうじゃなくて、むしろ高いクオリティのものを安くやるというのも非常にいいんじゃないかと思ってます。内科の先生がもうやりたくないというようなことをやることが、また内科の先生との協力体制をつくる上でもいいんじゃないかと思ってます。
 弁膜症に関してはいろんな方がおられるんですが、都会ではそれほど、とことん我慢する人は少ないかもしれませんけど、田舎ではよくここまで我慢しましたねというような方がおられる。やはりレントゲンで「心臓大きいですよ」と言われたら、あるいは「心雑音ありますよ」と言われたら、1回は専門の先生に診てもらうのがいいと思います。
 それから、心房細動があるといわれたとき、ほっとかないほうがいいと思います。というのは、最悪の場合、長嶋さんとか小渕さんのようなことが起こりますので、かつこれは今は治せる病気になってきています。早期のほうが何かと有利だということはいえます。
 
 大動脈の手術

 あと時間の都合がありますので簡単にしておきます。大動脈もいろいろ治せる度合いが高くなってきて、いわゆる胸の上行大動脈とか、一番てっぺんの弓部大動脈とか、この辺も今はかなりの安全性が出るようになってます。少なくとも破けそうになっておれば、これは何歳でも手術ができるかどうかを慣れた先生に相談されるのがいいと思います。
 まず普通の状態であれば90%以上の確率で助けることができますし、ちょっと体の調子がいい人だったら90数%ぐらいの安全性が悠々と出てますので、腹部大動脈に至ってはほぼ100%安全です。こんなんで死んでたら、もういくら命があっても足らんというように思います。
 一方、大動脈解離です。これは昔、石原裕次郎さんが受けられた手術です。これはお薬で様子見てるとすさまじい死亡率です。2日間で半分死にます。ただ、こういうのは慣れた人が手術するなら、まず90数%いけます。元気になります。だから、これは特に時間が必要なんですね。だから見つけ次第、直ちに手術をする。それでたくさんの命を助けることができます。強烈な痛みがありますので、もうほぼ疑いなく何かこれおかしいということが分かりますから、そのときに無理をせずにすぐ信頼のできる先生に相談されたらいいと思います。
 最近こんなこともやってますということで、3年ぐらい前なら考えたくもないようなおぞましい大動脈瘤があったんです。これです。77歳のおばあちゃんで、見るからに体力もなさそうで、既に破れているんです。体のほとんどが出血か、大動脈瘤か、こんなんですから。これは胸で、ここは心臓ですね。胸の半分くらいが大動脈瘤みたいな、それが関西の超一流の病院から何とかならんとかいうて送られてきたもんですから、そんなとこで見捨てられた人なんでこれは大変やということで。でも、来られたからには何とかしようということです。
 それでステントグラフトです。ただ、ステントグラフトをただつけたら死にます。つまりこれ、全部ステントグラフトをつけたらこの枝が全部死んでしまいますから、どうにもならんわけです。枝があって初めて大動脈の役割を果たせるので、例えば腎臓へ行く枝とか、肝臓へ行く枝とか。それは何をやったかというと、こういうことを実はやってたんです。前もってバイパスをつけて、腎臓とか肝臓とか胃とか腸を全部確保した上で、大動脈をつぶしたんです。それでこの人はもうすっかり元気になって家へ帰られました。
 だれもこれ、生きて帰ってくると思ってなかったみたいで、紹介した先生が真っ先に驚いていましたけど、最近こんなことが大分できるようになってきて。ただ、長持ちがどのくらいするかというのはこれからの課題ですので、まだ検討が必要です。恐らく3年や4年ぐらいは十分いけるだろう、うまくいけば10年以上いけるだろう。ただ、その間に、新しい問題が起こればじっくりとそれに対して手を打っていけばいいと考えてます。

 重症だからと諦めないで

 最後に足ですね。バイパスの患者さんとか動脈硬化の方々は多いので、足というのは必ず注意が必要なんですね。おいおい動物で実験をいろいろやって、血管をつくるタンパクをいろいろ工夫してうまく使って血流がぐっと増える。例えば、これはウサギで足へ行く。足の付け根のところの血管をつぶして、つぶしたままであれば血管はちょっとはできるんですけど、このFGFというタンパクを使うといっぱい増えるんですね。
 これとむしろ同じ結果が人間に出ればこれは素晴らしいということで、いろんな実験を繰り返してから、実際、臨床試験に入ってます。
 これは論文から引っ張ってきた図なんで申し訳ないんですけど、痛みはうんと軽くなって、それから歩行距離は確かに伸びますし、まあまあ、この患者さんの実感と同じような検査の所見を得てます。それからまた別の患者さんですけど、足の血流が、青いのがこの辺ですね。非常に流れが悪いんですけど、もうこの辺になってくると非常によく流れてるんですね。これだけ流れたらこれは楽なのはよく分かるというようなことで、結構これから大勢の患者さんに役に立つんじゃないかなと思ってます。
 ちなみにこれ、考心会の患者さんで、何年か前に「これが使えるようになったら言ってね」といってくださった方がおられて、その手紙を今でも大事に持っているんです。ただ、それが何千という手紙の中に紛れ込んで、どこにあるか分からなくなって。もし該当される方がおられましたら、後で私あるいは南淵先生に言っていただきましたら、もし現在もそういうのをご希望であれば、また考えたいと思います。
 全体のサマリーです。心臓血管外科といいますか、循環器科も含めて循環器領域ですね。確実に進歩してますし、3年前に無理だといわれても今も無理であるかどうか、それは物によっては違うかもしれません。どんどん進歩してます。そんなことで特に重症な方ですね。透析とか、重症の糖尿病とか、心不全とか、ご高齢の方です。重症だからあきらめるというわけでなく、中には確かに現在も無理ですという方があるかもしれませんけど、かなりいけるようになってきてます。やはり何でも相談する。その上でじっくりと考えるのがいろんな意味でいいんじゃないかと思ってます。どうもご清聴をありがとうございました。(拍手)


 幹事会より 米田先生の講演は映像を用いて構成したものですので、お話のみでは伝わりにくい面もありますが、幹事会の責任で要旨をまとめさせていただきました。