藤崎浩行先生(相模原協同病院心臓血管外科部長) 

2013年5月3日(大和市総合福祉センターホール)

演題:「私の健康法--早寝早起き腹八分、疲れを溜めない、適度な運動を

 医者になって22年になりますが病気で休んだのは1日だけです

 こんにちは。相模原協同病院の心臓外科の藤崎と申します。私が今日いただいたテーマというのが「健康法」ということです。これは自分の親に感謝しなきゃいけないことです。自分は医者になって今年で22年目になりますが、熱を出してというか、病気になって病院を休んだことは今のところは1日しかありません。何のときに休んだかというと、今でも鮮明に記憶しています。
 最初の5年間というのは一般外科でがんの手術とかをやっていました。特に5年目がものすごく忙しくて、1年365日、24時間全部をずっと病院にいる。しかも当時研修した病院が非常に厳しい病院で、朝5時半集合。まだ患者さんは寝ているんですけれど、たたき起こしながら6時半まで回診をして、ミーティングをして、7時から手術を始めていました。日帰り手術センターというのを作って、脱腸、痔の手術、静脈瘤の手術を7時から2件ぐらいやりました。
 それから胃の手術、大腸、小腸とメジャーな手術を大体2件やります。そうすると夕方になります。その病院は夕診があって、5時からまた夕方の診療が始まるのです。普通は夕方の診療はどこもやっていませんから、患者さんがいっぱい来て、盲腸、あとはおなかが痛くて緊急で手術をしないといけないということがありました。結局、仕事を片づけるといつも10時、11時。帰って寝てというのを1年間やって、最後の1カ月は、牢屋にいる囚人が出所前に毎日カレンダーにバツをつけるというのをやりますが、私もやりました。
 なぜそうやったかというと、最後のお勤めはちょうど5月いっぱいで終わりますが、5月のお勤めが終わると1カ月間の休みがもらえます。そのときに家族で海外旅行へ行こうと決めてました。それまでは全然行けなかったので行こうという話をしていて、1週間ぐらいアメリカへ行って、帰ってきてぶらぶらしていましたが本当に耐えがたくなってきました。早く仕事がしたいと。
 レジデントが終わった後に、その当時、南淵先生がいたところに弟子入りして心臓外科を始めたのです。心臓外科医になっても最初は仕事もなくてぶらぶらしていました。4日目に突然39度ぐらいの高熱が出まして朝全然起きることもできなくて、こんなことは人生で初めてだという状況でした。「すみません、今日は休ませてください」と言って1日休んだら治ったんですけど、後にも先にも熱を出して休んだのはそれだけです。
 それ以降は幸い風邪をひくこともなく、風邪をひいても1日寝ると大体治っちゃう、咳ぐらいは続きますけれども仕事に差し支えない程度でやっています。ここまで来られたのはこれが健康法なのかなというところもありますが、そういうところを参考にお話しさせていただきたい。

星新一の短編小説――先住民族の平均寿命120歳の健康法とは

 最初にこの話をもらったときにふと頭に浮かんだのが、星新一という中学生のころ自分がはまって結構読んでいた短編小説を書く人のことです。その中のある一編が――これはもちろん作り話です。ヒマラヤかアンデスか忘れましたが、そこの先住民族で平均寿命が120歳だった村の遺跡が見つかった。伝説でみんなが探していたんだけどそれがやっと見つかった。その村の民族の健康法を書いた石碑が見つかって、今その解読作業を進めている。
 世界中がその解読を固唾をのんで待っているという報道があって、アナウンサーが「今、解読が終わりました。やっと長寿の秘訣がわかりました。今から発表します」と喋っている。皆さん方はテレビの前にかじりついて見ているわけです。そこでアナウンサーが紙に目を落として、「その村の健康法は」と言って出てきた言葉は、「早寝早起き腹八分」でした。(笑)結局、それが最高の健康法である。全くそのとおりじゃないかなと思っているところがあります。
 特に心臓の手術をした循環器の患者さんに多いのですが、夜寝れないという方が多いのです。とにかく睡眠薬をかなりの頻度で、半分ぐらいの方に出している気はします。自分は横になるとすぐ寝ちゃうタイプなので、何で寝れないのかなと不思議に思うことがあります。
 あと、患者さんの中で多いのが夜の仕事をする人――タクシーの運転手さん、あるいは夜勤の仕事をしている方は心臓病の確率が極めて高い気がします。そういう意味でも夜中に起きていなきゃいけないというのは人間の健康をむしばむのだろうと感じるところがあります。やっぱり「早寝早起き腹八分」というのは本当に大事なことなのかなと思います。
 先ほど炭水化物ダイエットの話がありました。これはアメリカのほうから出ているデータです。要するにお金のない人――アメリカはそういう表現を平気で使います。お金のない人というのは炭水化物をとりたがる。要するに安くて手っ取り早く腹が膨れる、いわゆるジャンクフードです。これを多くとる。だから糖尿病なり、高脂血症なり、高血圧という病気が増えてくるということがあって、我々は炭水化物のとり過ぎだろうという。ことさら炭水化物だけを抜くということではなくて、それも含めバランスよく食事をすることも、もちろん健康法としてはいろいろ言われているわけです。

代替医療(漢方)と心の医療についてお話しします

 ここから先は少し医者らしい話もしなければいけないと思います。2点ほど自分の健康法と言えるかどうかわかりませんが、ただ、参考にしていただければいいかなということです。
 一つは、いわゆる代替医療と言われている東洋医学です。最近勉強を始めたばかりなので大した話はできないですが漢方です。もう一つは先ほどもありましたが心の健康です。これは自分も普段気を付けていることです。この2点をお話ししたいと思います。
 一つ目は代替医療というか東洋医学の話です。第一に西洋医学という我々が普段やっている医療は、必ず原因を突きとめないと治療が始められません。例えば結核という病気があります。その原因が何であるかがわかったのはまだそんなに昔の話ではありません。100年ちょっと前です。結核の原因が結核菌という細菌であることをコッホが見つけて、初めてそれで病気というのがわかってそれから治療法が出てきました。
 狭心症という病気があります。動いたときに胸が苦しくなるという病気の記述というのは2000年も前からあるわけです。その原因が冠動脈の硬化症で、治療法が成立するようになったのは1970年くらいからです。その前の治療になるとかなりいいかげんなことになっています。
 そういうふうに原因を調べ、それに対する治療法を発達させて、今は医療があたかも万能であるかのような感じです。例えば2000年ごろにゲノムという人間の遺伝子を全部解読してしまえば、この人はどんな病気になるという将来予想もできてしまうという話がありました。
 例えば大腸がんになりやすい人だったら大腸をちゃんと調べていれば大腸がんを予防できるじゃないかとか、この人は胃がんになりやすいからそういう遺伝子を調べて胃のことをちゃんと検診していれば胃がんを早期で見つけられるんじゃないかとか、そういう発想から人間の遺伝子はほとんど解明されているわけです。何がわかったかというと、そんな単純なものではないということです。もちろん先天的な要因も大事ですけれど、後天的な要因、例えば食事とか生活習慣とかそういうのも大事だという、結局、当たり前のことがわかっただけという話です。

放射能を浴びて80歳過ぎても元気な方がおられるのは驚きです

 おととしの福島の事故以来、原子力とか放射能がすごく問題になっています。人間は強いなと思ったのは、自分の患者さんの中に一人、被爆者の方がいました。ちょうど外来に通い始めたのが地震の後で、こちらの息子さんのところに避難されて通院されるようなったので被爆者手帳を持っておられました。80代です。
 「申し訳ないですけど、どういう感じで被爆されたか教えてください」と雑談の中で聞いたのです。自分は小学生で、小学校で爆風に吹き飛ばされて気を失った、それで気が付いたところは死体の安置所だった、体中にガラスの破片が突き刺さってそれを取ったりするのが痛かったんだけど何とか生き残った。こうして80代まで生きているわけです。そんな爆風で吹き飛ばされるようだから放射能を大量に浴びてないはずがないのですけれども元気でいらっしゃいます。
 すごいなあと思いながら、また別のバイパスの手術をした80代の患者さんに「こんなことがあって強い方もいますよね」なんて話をしたら、おばあさんだったんですけど、「私も見ました」と言うんです。一体何を見たのかと思いながら聞いたら、その当時は佐賀に住んでいて新型爆弾が落ちたというので窓の外を見たらキノコ雲が見えた。見ているわけですから、やっぱりその人も放射能を浴びてないはずがないのですが、80代までお元気です。
 この間、対極的な話で、福島の放射能が嫌で福岡へ逃げたら、今度は中国から汚染物質が飛んできて、「私はどこに行ったらいいんだ」とインタビューで答えていた人がいました。どこにもリスクがあるわけですから、それに振り回されてしまうと行くところがなくなる。これは後からも話しますが、気持ちの点でもたないのではないかなという気がします。

循環器の病気というのは方程式を解くように治療法が分かる

 ちょっと話がそれました。原因を調べてその治療法をやっていく、その手法はこれからもどんどん進んでいくと思います。特に循環器の世界では、例えば血圧が高いとか低いと言います。低くて困っている人はまずいないと思いますので、高いという方向で話をします。血圧は何で決まるのか。血圧というのはオームの法則と一緒です。中学生のときに、電圧=電流×抵抗という式を習ったと思います。
 それと同じように血流に相当するものが心拍出量と言いまして、1日に10万回動く心臓が1分間にどれだけの血液を流しているか。普通は3リッターから5リッターの血液を心臓が出しています。それに血管の抵抗値という、例えば緊張すると血管が収縮します。抵抗値が上がると血圧が上がるとか、リラックスすると血管の収縮が取れるので血圧は下がるとか、そういうふうに抵抗値と心拍出量の関係で血圧が決まります。その血圧をどうやって調整するか。血圧を下げたいと思ったら、要するに心拍出量を減らすか血管抵抗を下げればいいわけです。
 心拍出量を下げる方法として2通りあります。一つは心臓の収縮力自体を抑えてしまう。この中にメインテート、あるいはテノーミンという薬を飲んでいる方がいるかもしれません。そういうお薬というのは心拍出量を下げる、あるいは利尿剤を使って体の外に水と一緒にナトリウムを出すことで体の中の水分量を減らすことによって血圧を下げる。
 それから血管抵抗を下げる方法としては3通りの方法があります。一つはブロプレスとか、いろいろたくさん薬があります。一つは血管を収縮させるのはホルモンの値を調整して血液を下げます。一つは血管の壁を収縮させるカルシウムのような働きがあります。そのカルシウムイオンをブロックすることによってアダラート、あるいはアムロジンとかそんな薬を飲んでいればいいと思います。そういうカルシウムの働きを抑えることによって血圧を下げる。もう一つは血管を収縮させるような、緊張させるようなホルモンというか神経です。それを抑えるような薬を使う。この3通りです。
 どの程度調整すればどの程度の血圧を下げられるかというさじ加減も慣れてくると、大体判るようになってきます。循環器というのは方程式を解くように、こういう方法をすれば大体こうなるという方法があります。
 心臓の手術は特にそうです。原因がわかってこういう手術をすれば心臓はこうなってこういうふうに元気になりますよということを、患者さんに非常にわかりやすく説明できてしまう。あと手術の結果は医者の腕次第という非常に単純なところではあります。

同じように手術したらみな同じように元気になるのか

 ただ、同じように手術をしたらみんな同じように元気になるかといったら全然そうではなくて、同じ手術をして絶対に手術がうまくいっているはずなのにいつまでたってもこの人は元気にならないなというメンタルな気持ちの部分に出逢う時があります。どう考えてもデータからいったらこんなにしょぼくれてるはずはないんだけどなということがあります。気分的なものというのは私たちの力ではいかんともしがたいのです。循環器というのは、体だけを治せというのであればその理屈というものは非常にわかりやすくできています。
 別の疾患、神経疾患があります。例えば筋萎縮性側索硬化症、筋ジストロフィー、あるいは脊髄小脳変性症とか――「1リットルの涙」というドラマがありましたが非常に気の毒な結末で、診断がついたら終わりです。治療法が全くありません。あなたはこういう病気ですと言った瞬間にそこで終わります。
 あとは対症療法です。息苦しくなったら人工呼吸器をつけます。要するにその病気の原因すらわかってないので、ひところはやった狂牛病というのもそうです。牛の中に入っているプリン体というのはよくないと言われました。じゃあプリン体そのものをちょっとでもとったら駄目なのか、あるいはある程度大量にとらなければ駄目なのかということすら実はわかってない。そういった原因を究明して治療するということです。それでみんながみんな幸せになれるのか、病気の治療がよくなって不安がないのかといったらそんなことはない。
 心臓の病気は胸の症状がいっぱいあります。動悸がするとか、苦しいとか、でもどこで調べても全然よくならないとか。もう一つ言えば冷え性もあります。我々がやっている生理学の中に冷え性という病名はありません。足が冷えて困るんですと患者さんが聞いたときに、一応足は触ります。静脈の流れに問題ないか、動脈の血流に問題ないかと調べて異常がなかったらそこで終わります。異常はありません、さよならということです。それ以上やっても困るのです。
 誰とは言いませんけど、偉い先生がテレビで心筋梗塞が怖いという話をすると、心配性の方がいっぱい次の日に病院に来ます。私は胸がどきどきしてどうだこうだとか話が始まります。「どういうときに苦しくなりますか。階段を上るときですか、お風呂に入ったときですか」「3日前に主人と口喧嘩しているときに胸が苦しくなりました」。病院だかよろず相談所だかわからないことになっちゃいます。それは冗談としても、何かの拍子に動悸がする。いろんなところで心電図を撮ったりエコーを撮ったりいろいろやったけれども、やっぱり原因はわからないという方はいっぱいいます。

原因が分からないことが漢方でよくなるということを体験しました

 一つは漢方というお薬です。すごいなと思ったのは、漢方というのは4000年前、人間の体を診ることができないときに症状だけから草の根っこや葉っぱを煎じて飲む薬です。あれにはこれ、これにはあれみたいな感じで学問があって、原因というのはどうでもいいのです。
 西洋医学というのは原因を見つけないと治療が始まらないということを我々はたたき込まれています。原因はどうでもいいから症状を取ろうよというところが、どっちかというとちょっと胡散臭いところがあって今まで敬遠していた部分がありました。
 あるとき、ツムラという漢方薬の会社の勉強会に行ったときに、「こういう症状の方はいませんか」と質問があった。「いる」「いる」「いる」と。「それにはこの薬です」と出してみたら結構効きました。それが何の薬かというと、皆さん私の外来に来ると困るので言いませんけど、結構効きました。(笑)
 本を読むと、これにはあれが効くといっぱい出ています。ただ打率は5割ぐらいです。今までどこの病院に行っても原因がわからなくてその症状で困っていた方が5割の確率で回復するとしたらそれはすごいことです。一番印象的だったのは、足に力が全然入らなくてふらふらしてという方が、たまたまいらしたんですけれど漢方薬で良くなりました。男の人がおしっこが近いとか、しびれるという症状、あるいは腰が痛いときに出す薬ですが、漢方のいいところは副作用がないので、女の人にも効くのかなと思って出してみました。2週間後には、車椅子で入ってきた人がちゃんと杖をついて歩いて入ってきて、満面の笑みでこんなに喜ばれたことは久しぶりです。心臓外科をやっている漢方医者なんてちょっと思ったりしたんです。(笑)
 そういうふうに漢方のいいところがある。\\症状があったら原因があるかないかということはちゃんと調べたほうがいいと思います。ただ、その先にどうしても原因がなくて症状が取れなくて困っているといったときに、そういった治療法というのがあるんだなと思ってご紹介させていただきました。
 なぜこんな漢方の話をするかといいますと、自分はどこも悪くないですけど時々この辺のみぞおちのあたりが苦しくなることがあります。痛みとも違うし、吐き気がするとかとも全然違う。ただこの辺に何となく抵抗感、痛みとも何とも言えない感じがあって、傷病痕もないし、仕事をする気も起きないなというのがあったりするので、ここ何年か何だろうとずっと思っていたのです。
 そのときにたまたま勉強していたらそれに漢方の診断名がちゃんとついていました。この脇の下のあたりが苦しくなっていると診断としてあって、それにはこれが効くというのがあり、飲んでみたらばしっと効きましてそれ以来ずっと飲んでいます。結構そういう方はいるみたいで、そういう人に出していると大体効きます。ばしっと効いてそれ以来ずっと飲んでいますが、症状が全然出ないのです。ここら辺が苦しいと手術をやっているときに結構障害になりますが、全然ならなくなってよかったなと思って飲んでいます。
 もちろん風邪という症状がありますが、自分はどっちかというと病院は嫌いなほうで、風邪で病院に行くことはあり得なかったのです。医者になって救急外来をやっていると、「先生、私は風邪ですか」という患者さんがいっぱい来ます。この人50年生きて自分が風邪かどうかわからないのかなと不思議に思いながら、「風邪だと思います」と言って風邪薬を出していました。
 あるとき気が付いたのは、要するに「風邪だと思います」と言うとすごく安心したような顔をされます。風邪だと言ってほしいわけです。だから「風邪です」と言って薬を出しています。最初はこのくそ忙しいときに何でこんな風邪で来るんだと腹が立ったときもありました。
 我々の仕事は一つには病気を治すことです。それ以外にどうしても駄目なときに患者さんに安心感を与えるのも仕事の一つだとするなら、科学的ではないのですけれども、その症状というものにもうちょっと向き合って原因がわからなくても、とりあえずこれを飲んでみて的な症状の方にはいいかなと思います。
 女性だったら顔がほてるけど足が冷たいという症状があります。ちゃんとそういうものにもお薬があります。出すと半分ぐらいの確率で効きます。最初から「いい漢方薬がありますよ」と言うと、すごく胡散臭く見られるので最初は出さないのですが、幾つかの病院をはしごしてどうしてもこの症状が取れなくて困っているんです的な人に出すと5割ぐらいの確率で喜ばれるかなと思います。そういう方法もあるということを知っていただければと思います。

元気になる人とならない人は心の健康、メンタルな問題が非常に大きい

 2点目として心の健康があります。今は心の健康、心の問題というのはすごく大事だと言われて確かにそのとおりだと思います。同じ手術をして同じように結果が得られているのに、元気になる人とならない人はどこが違うというとやっぱり気分的なメンタルな問題がすごく大きいと思います。そのときにポジティブシンキングとか、とにかくいいように物事を考えましょうと。いいように考えろと言われたって考えられない状況は当然あるわけです。
 自分は雨があまり好きじゃなくて、雨が降っていると朝から憂うつな気分になったりするわけです。それがどうしても苦手な人はいるわけです。その人の顔を見ると一日気分が悪いとか。(笑)それをどうにかしろと言われても、嫌なものは嫌なのでしょうがないと思います。いかにそこから切り替えるかということ。例えば一般のビジネス書ではポジティブシンキングでいいほうに考えるとかいろんなことが書いてあります。
 ただ、人間はあまり無理をすると、かえってそれが悪影響を及ぼす。嫌なものを好きだと思い込めといったって無理なものは無理です。納豆を嫌いな子供に毎日納豆を出したら食べるようになるかといったら絶対ならないです。それと同じように嫌なものは誰しも嫌なので、そこの部分をどういうふうに引きずらないようにするかというのは、スポーツの世界ではすごく重要です。

スポーツは生きていくための力を身につけさせることが大事

 自分は日本体育協会の公認スポーツドクターというのをやっていて、たまに講習会に行きます。今は本当に体罰一色です。日本のスポーツが戦前、戦時中の軍隊教育から出ている部分があって、ある程度スパルタでもしょうがないというところがあります。海外に行くとスポーツは何のためにやるのかというところがはっきりしています。スポーツによって何が得られるか。もちろん体力もつきます、根性もつきます。それ以外にチームワーク、それからルールを守る気持ち、あとは目標、課題を設定し、その課題に向かって努力をするということです。
 この中にゴルフをやられている方がいれば、何とか今年はエージシュートをやろうとか。私も5年前から始めて今年の目標は――去年やっと90台前半で今年は何とか80台いこうかなと思って、今日の朝も打ちっ放しに行ってから来たのです。そうしたら患者さんの具合が悪くて病院に呼ばれてちょっと忙しかったのです。
 目標を立てる力、そういったいろんなものがスポーツにあります。ただ根性や忍耐だけが身につくだけではない。そういうものをひっくるめてライフスキルと言います。要するに生きていくための力です。生きていくための力というのがスポーツを通して身につけさせようというのが海外のスポーツ指導者の共通した課題です。
 そんな考え方があるのかと新鮮に思っていられる方がいたとしたらすごくいいことだし、私にとっては幸せなことです。指導者というのはプレーヤーに気付かせない限りは――要するに無理やり強制では絶対に勝てないので、プレーヤーにそういった自分の課題、あるいは足りないところを補う、あるいはルールを守る、仲間を大切にすると、そういった気持ちに気付かない限りはスポーツをやる意味がない、上達もしないというところを海外のスポーツはすごく強調されます。
 日本ではこれから指導の中にこれをどんどん取り入れていきましょうとなっています。残念なことにそういうふうな指導を受けてきた指導者が少ないので、どうしていいか判らない。じゃあ放任でいいのかという話になります。選手たちが自分たちで気付くためにはどうしていったらいいのかということを指導者の人たちはすごく試行錯誤しています。
 もしかしたら一時的に日本の世界大会の記録は落ちるかもしれない。要するに今まで根性で無理やりやらせたものが、指導法を変えることによっていい選手が出てくるためにはちょっと時間がかかるかなというのが今の日本のスポーツの現状ではあります。例えば相手があって試合するわけですから、自分の心をさらけ出す要素に満ちあふれています。それで当然ミスもします。それをいかに切り替えなきゃいけないかというところ、それが勝つための非常に重要な条件です。そのためにはどうしたらいいか。今、言われているのは自分の気持ちに気付くことです。

自分の感情を表現する言葉をいくつ書けますか?

 「今、自分の感情を表現する言葉を幾つ書けますか」という質問を皆さんに投げかけると、10個書けたら平均以上だそうです。例えばうれしい、楽しい、悔しい、いらいらするとか、ネガティブな感情とポジティブな感情がありますが、そういうのを並べます。普通は全部挙げると30ぐらいあるそうです。「おいしい」という言葉は感情ではなくて、ただの形容詞です。そうじゃなくて、楽しい、うれしいとか自分の感情というのを表す。その自分の感情に気が付くことをトレーニングします。
 例えば私は雨が嫌いです。雨が降って嫌なのと、自分のゴルフのスコアがよくないのは全然関係ないことです。(笑)今日、雨が降っていたから駄目だというのはただの言い訳であって、何でもかんでも雨のせいにする。それと同じように自分のやっていることがうまくいかないことを全部人のせいにしたり、物のせいにしたりする人はいっぱいいます。それをやっているとどんどん悪い感情を引きずってしまって、結局のところ心だけではなくて、心の健康がないと体調も乱れます。
 嫌なものは嫌でそれはそれでいいんです。自分が嫌な気持ちを持っているということ、それは突き詰めて考えると周りの状況ではなくて、単に自分がそう思っているだけである。そういうふうに気が付いてしまえば、そこから切り替える。そしてその感情から気が付けば、自分はいま怒っている、怒りという感情の中にいるんだなと思ったら、そこを客観視できれば、何でそんなに怒っているんだろうと考え、実は原因を考えると大したことはない。自分の中の怒りという感情がさらに怒りを増幅させるわけで、女性にもいますね。夫婦げんかをすると、実によく昔のことを思い出す人が…。
 女の人というのは感情の動物だと言います。要するに夫婦げんかをすると、今は嫌な感情を持っている、すごく今は怒っている。そのときに昔、思った嫌な感情、自分が嫌な思いをした体験というのを全部鮮明に記憶していて、「あなた昔、こんなことをした、あんなことをした」という。こっちはそう言われても覚えてないのです。「あったっけ、そんなことを」と、さらに相手の怒りを増幅して、けんかがとめどなくエスカレートするということはありますが、本当に覚えてないのです。
 男の立場からいうと、「そんなことあったっけ」と本当に覚えていない。男はなぜかというと事実しか記憶していない、感情では覚えてないです。それは私が言ったことではなくて心理学の本に書いてあります。確かにそのとおりだなと思います。
 要するにそういう怒りの感情を持っていると、嫌な思いがどんどんフラッシュバックして過去のことなんか変えようもないわけです。そうすると自分の怒りがどんどん増えていく。それを積み重ねていくと結局何が起きるか。夜寝れなくなる。要するに嫌なことを考えると、とめどなく嫌な思いがあふれてきて夜眠れなくなる。不安な気持ちがあると次から次へと昔の体験、あんなことがあったらどうしよう、こんなことがあったらどうしようと、過去や未来に気持ち
が飛んで結局のところは不安で不安でしょうがない。これでは健康ではありません。

気持ちの切り替えを早くすることによってストレスを減らせる

 では今、あなたにできることは何ですかといったら、今ある目の前のことに集中する。今現在のことにとにかく集中する。宮里藍選手はゴルフの選手です。例えば自分がミスをしてどのくらいでリセットできるかといったら、メンタルトレーニングすると2秒でリセットできる。だから前のミスを絶対に引きずらない。絶対ではないと思うんですけど、確かにしつこく見ていて切り替えが早い。この切り替えが早いということは今に集中するということですから、これは大事なことです。
 これは自分も手術の中で考えてみたときに、手術も先へ進まなくてすごくいらついたり、思いどおり物事が進まない、血が止まらないとか、なかなか決まらないということがあります。つい、いらいらして物や人に当たることが過去にありました。最近そこのところで何とか踏みとどまるようにして、自分のメンタルを崩さないようにしてやるようになったら、4時間やろうと5時間やろうと疲れなくなりました。
 要するに今できることは何かということだけをやりながら、先のことも過去の失敗のことも捉われずに考えることをやっています。精神的に疲れないと体も疲れない。例えば4時間やってその後で1時間、また緊急が来て「じゃあやろうか」という話になったときでも、年齢的にはもうすぐ50で体力は落ちていますが疲れなくなった。疲れを残さないということは普段の生活の中で非常に大事なことです。
 心の健康というか、気の持ちようです。いろいろ心の健康の本を読んでいると、ちょっとできないなということがいっぱい書いてあります。自分の感情――今、怒っているなとか、楽しいことを思っているなということに気が付いて、そこにフォーカスを当ててそれを切り替える。今ここで怒っててもしょうがないんだと考えて、気持ちの切り替えが早くできることによってストレスが減らせるのではないかと思います。これは一つ試してみていただいてもいいかなと思います。

早寝早起き腹8部、疲れをためない、適度な運動、食事はバランスよく食べる

 そんなこともあって最終的に私が患者さんに術後に何に気を付けたらいいですかという話です。最初のほうの話を引用して、早寝早起き腹八分、疲れをためない、適度な運動、食事はバランスよく。以上です。食事はあれ食べていいですか、これ食べていいですかと。もちろんワーファリンを飲んでいて食事の制限がある人は別ですが、それ以外は料理をしない私の話を聞いても意味ないですから、バランスよく召し上がってくださいと言って終わります。
 栄養士さんが食事の指導をちゃんとできるか、例えば女性で三度三度ご飯を作っている人の気持ちになって食事の指導ができているでしょうか。栄養士の若い女の子に「いろいろ言っているけど家でちゃんとご飯を作っているの」と聞いたら、「ほとんどお母さん任せです」という人のほうが多いです。できもしない食事の指導を聞いても、それを守らなきゃいけないというのは滑稽な話です。
 食事の話にすぐなりますが、ストレスをためないように、できる範囲でバランスよくというのが一番いいのではないか。それから疲れをためないということが健康法としては一番大事かなと考えています。どうもありがとうございました。(拍手)