2002年6月16日総会にて(藤沢市民会館)

血管新生と細胞移植治療

1〜2年の間次々と臨床現場に入る

    米田 正始

    京都大学医学部心臓血管外科教授

こめだまさし 1981年京都大学医学部卒業。天理よろづ相談所病院、トロント大学、スタンフォード大学を経て、96年メルボルン大学助教授で同国に70名しかいない心臓外科専門医の1人。その間約1200例の開心術執刀と8000例以上の手術・治療を手がける。98年4月より京都大学医学部心臓血管外科教授。

 みなさんこんにちは。私も南淵先生と色々な点で共通点があります。私は医学部を卒業して大学病院で仕事をしたことが一度もありません。たまたま縁があって母校の教授になって帰ってきましたが、それまでは大学の外ばかりにいました。
 大学病院というのは私と考えが合わなくて、こんなところにいても仕方がないということで外に出ていました。民間病院では6年ぐらい研修し色々勉強させてもらいましたが、しかし民間病院も今一つパッとしないということで、それから外国に11年ぐらいいて、母校に帰ってきたわけです。
 外国は私にとっては感動することが沢山ありました。例えば外国の外科の教授というのは手術がとても上手です。もちろん、神業みたいな人からまあまあの人まで差はありますが、どこへ行っても恥ずかしくないレベルです。
 私がたまたま師事した先生は神業みたいに上手い。それで別に威張りもしないし、きちんと教えてもくれます。多忙ですからいつもゆっくり教えてもらえるとは限りませんが、時間のある限り教えてくれます。面倒見もいいし、私が学生時代に持っていた日本の教授像とは随分違うなというのが印象です。

 変わりつつあ日本の医療

 帰国して丸4年になりますが、この間に日本の医療構造が随分と変わってきました。それまでこんなことでは困る、もっと変えなくてはいけないということを言っても、「馬鹿なことを言うな」とよく言われたんですが、最近そういうことをあまり言われなくなって、だんだん意見が通るようになってきました。
 そうした中で最近、私なりにやっている努力の一部をお話してみたいと思います。
 心臓外科の最先端の姿というのは、みなさんがよくご存知の通り、オフポンプとかミッドキャブとか、弁の形成術とか色々ありますが、手術でいままでかなりの死亡率があった病気が、高い確率で治るようになってきました。
 それ以外にも大動脈瘤とか血管の病気、それから心不全に関するもの、左心室ポンプの部屋ですが、動いているそこをきれいな形に整えてパワーが出るようにすることも、最近ではかなり出来るようになってきました。ただそれにもある程度の限界はあります。重症になるとなかなか救えない場合もあり、その限界をどうやって高められるかということを個人的に努力しているところです。
 狭心症とか心筋梗塞で血液の流れが悪くなる病気を、風船で広げたり、風船で広げにくい時、あるいは広げても広げても狭くなる時にはバイパス手術を行いますが、バイパス手術ができないぐらい血管がやられているケースがあります。あるいはつける血管はあるけれども先の方に血管が残っていない、潰れてしまっている。そうなるとせっかくバイパス手術をして一端元気になっても、油断するとまた除々に悪くなっていくという現象が起こります。例えば手術を受けて元気になったのでつい油断をしてタバコをいっぱい吸ってしまった。するといつのまにかあちこちの血管がまた悪くなってしまったという例です。

 血管新生に有なベーシックFGF

 それをどうしたらいいかということで研究をしていますが、ベーシックFGFという血管を作る物質がありまして、それを使うと、非常に能率よく血管を増やせることが分かってきました。現在それを人間と同じような大きさの動物で実験しています。しかもこれは期待以上に良くて、これぐらいならもう実際の臨床でも使えるかなという段階まで来ています。
 遺伝子を使わず、遺伝子を運ぶためのウィルスとかも使いませんし、その場所だけに帰化するので副作用がほとんどありません。これを「血管新生」と言うんですが、それを患者に一番役に立つ方法で研究をしています。手術をしたけれども、これから先周辺の血管がなくなったらどうしようという心配を持っている患者さんには、間もなくそれはかなりの大きさで解決の方に動きますので期待していただけると思います。
 それに関連して、例えば足ですね、心臓の悪い患者さんはしばしば足の血管が悪い方も多い。せっかく心臓が良くなったが足の血管がどうしてもこれ以上治らない、治してもらったけれどもう血管がない、あとはその足を切り落とすだけが時間の問題という患者さんが相当おられます。
 それを何とかしようということで、遺伝子やウィルス、骨髄などを使わずに血管を増やす方法を考えています。現在血管新生因子をいろいろ工夫して1か月から2カ月単位で効くように改良を加え、実際に動物を使った実験をしています。それでみると、血液が随分よく流れるようになっていますし、写真を見ても血管がいっぱい出来ているのが分かります。これなら害も少ないし、恐らく1年以内には実際の患者さんに使える状態になるのではと考えています。 

 心臓を守るACE阻害剤

 少し話を変えますが、心筋梗塞でやられ、死んでしまった筋肉は今の医学では元に戻りません。するとどうしたらいいかというと、とにかく残った筋肉を目一杯、充分に力を発揮できるようにします。それからその残った筋肉を守り、そして次のステップが新たな筋肉を注入して、増やすという方法です。その辺のところを少し紹介してみたいと思います。
 まずバイパス手術を受けたり、左心室、ポンプの部屋ですね、それがやられて、それをきれいに形を整えちょうどいいぐらいの大きさに治すと、心臓はかなり良くなりますが、とにかく筋肉が失った分だけ力が弱くなっています。それをどうやって守ったらいいかということで、実は今まで誰も証明出来なかった薬の効用を大学で取り上げて調べてみました。
 ACE阻害剤という血圧を下げたりする場合によく使う薬がありますが、それが割と心臓を守るのに役に立つことがわかりました。手術の後で本当に効くかどうかというのは誰も証明した人がいませんでしたが、動物を使ってACE阻害剤を使った動物と使わなかった動物ではどう違うかというのを調べてみました。
 すると随分差が出てきて、ACE阻害剤を全然使わなくても手術の後というのはかなり良くなりますが、除々に悪くなっていきます。何年かたつと段々と差が出てきて力が落ちてきます。せっかく元気になったのに何かまだ悪いものが残っていて徐々に心臓の筋肉が減っていきます。
 ところがACE阻害剤を使えばどうなるかというと、完璧ではありませんが、割と良く守られます。悪くなり方がかなり遅くなる。これで健康が維持できるのであれば大変意味のあることで、同じ薬を飲むのでも本当に大丈夫かなと思って使うのと、こういうデータがあって効くから飲むんだと確信を持って使うのでは随分違いますので、そういう根拠の一つにしていただこうと考えています。

 期待される細胞移植

 ところが、さきほどお話ししたように、心筋梗塞とかで心臓の筋肉がやられている場合、手術のお陰でとりあえずやっていけるようにはなったが、この状態で何年持たせられるかという余裕のない患者さんが結構おられます。それを何とかしようということで、合わせて「細胞移植」というものを研究しています。 
 面白い特徴がありまして心臓の細胞というのは増えません。パクパクと動いてくれる細胞は増えない。動く細胞をせっかく、心臓の壁の中に植え込んでも全然増えてくれないので、なかなか効果が出ません。うまくいっても入れた数しか役にたちません。それでもっと増える細胞を探してこようということで、増える細胞を動物の胎児とかで持ってきて入れると、それはそれで増えるんですが、今度は増える細胞が動かない。なかなかその辺が難しいところです。
 ところがちょうどいい線というのがあって、ある程度は良くなります。ノウハウや技術が蓄積出来てきて、植え込んだ細胞が実際にどれだけ仕事をしてくれるのか実はまだ分かってはいないんですが、とにかく現在言えることは心臓の力がかなり良くなるということです。心筋梗塞でペラペラになった場所がある程度分厚くなる、そういう段階まで来ています。
 それともう一つは患者さん自身の細胞です。たとえば手とか足とかの筋肉の一部に割と増えてくれる細胞があって、それを入れると結構良くなります。これも現時点ではいろいろと問題はありますが、実験を繰り返しているわけで、先ほどの血管を増やす物質とうまくリンクさせて使うと、効果がグンと伸びます。これはもう証明できましたので、積極的に使っていこうということで、いま開発方法を研究しています。
 もう一つは、手術で悪いところを切り取っていいところだけ残して、それが充分動けるようにしていく。そういうふうにしておいた上で、細胞を打ち込んだらどうなるのかということを実験しました。そうするとこれが非常にいいという結果が出ました。手術の直後は細胞の移植をしてもしなくても同じだけ良くなります、その手術をした分だけ良くなる。左心室、ポンプの部屋をちょうどいいぐらいの大きさにきれいに手治しした分だけ良くなるんですね。
 だがそこから先が違って、細胞移植をしないと徐々に悪くなっていきます。ところが細胞移植をすると、悪くなるのがかなり抑えられます。つまり手術で良くしておいて後は細胞移植で良くなった心臓を維持するというやり方です。それと先ほどの血管新生因子とかACE阻害剤ですね、そういう薬をうまく組み合わせたらこれはかなり行けるんじゃないかと思っています。そういう使える道具が非常に増えてきたのが最近の状況です。今から1、2年の間に次々とと臨床現場に入ってきます。細胞だけはまだ少し時間がかかるかも知れませんが、現在そういうレベルまでは来ています。

 医者を選ぶの寿命のうち

 そういう動き、いわゆる再生医療、細胞移植、血管新生、薬のいろいろな組合わせ、それも今までとは違った新しい使い方ですね、それぞれを主治医の先生と相談し協力してやっていくことが大事です。協力するという意味は自分なりに疑問を感じたらいつでも医者に聞いて、なぜそれが必要かはっきりと確かめる、医師との間にそういうコミュニーションが非常に大事じゃないかと思っています。
 しかし、その一方で、今度は病院をどうするかということが問題になってきます。先ほどの『ホスピタウン』にも出ていると思いますが、「医者を選ぶのも寿命のうち」と良く言います。外科に関しては全くその通りで、誰がどう手術するかによって全く違ってきます。注意しなければいけないのは新聞などに、どこそこの有名な先生が20時間の大手術の末に、人工心臓まで使って助けていただいたという記事が出ます。でもそれが本当であればいいんですが、よく内容を聞いたら、いやそれはちょっと手術の上手い人がやったら4〜5時間で終わって、人工心臓もなしで、翌日もう歩いてご飯が食べられるという話なんですね。その辺のことは一般の患者さんが見ても難しいとは思いますが、しかし、出来るだけいろいろな情報を集めて、あるいは質問するということが大事かと思います。
 特に心臓はその差が激しいです。20時間で手術したら、さぞかし立派な手術をやっていただいたとあり難さが出るかもしれませんが、それは内容によりけりで、20時間かけて大手術をやる場合もありますが、まあ、3時間4時間で終わる手術が20時間かかっているというケースもありますので、その辺はやはり消費者の眼といいますか、内容をしっかり吟味していく必要があると思います。
 日本では病院の建物とか名前とかを重視する傾向があって、建物を見て拝んでいる姿をよく見かけます。立派な建物で中身も立派というところもありますが、建物が立派でも必ずしも中身が立派とは限りません。
 先ほど出ました「名医」か「良医」かということですね。いい仕事をして有名であるということはすごくいいわけですが、いい仕事を伴わずに有名だという人もいます。つまり患者を治すんじゃなくて、他のことで有名になってしまったということですね。そういう意味でもじっくり見極める必要があると思います。

 良医を育てるには良教授が必要

 最後は大学の改革です。医学部の学生は大学を卒業してから、最初の間は何々大学とか近くの病院で研修する場合が多いので、日本の医療を良くするには、大学も必ず良くしていくという必要があります。つまり大学に入った段階からまともな医者になるように教えていくということです。もう一つはなるべく大勢の学生を外国に留学させるということです。そうすると向こうの医者とか医学生がどれぐらい真剣にやっているかがわかります。それを若い間にたたき込むということですね。
 改革は山ほどありますが、「良医を育てる」という言葉があれば、「良教授を作る」ということがとても重要になってきます。教授が今日から患者さん本意で行くんだ言えば、それより下の者は自ずからその方向に向きます。学会や研究よりも患者本位の臨床が大事というように、どこに本当の目標があるかと言うことをはっきり分かるようなそういう人を教授にする必要があると思っています。

(この講演内容は幹事会の責任で概要をまとめたものです)