パネルディスカッション 2003年5月5日総会(藤沢市民会館)

「いい病院、いい医者の見分け方」
      ●司  会 南淵明宏先生(大和成和病院心臓外科部長)
      ●パネラー 阿部康一様(医療事故市民オンブズマン・メディオ代表)
            渡辺勝敏様(読売新聞記者・医療ルネサンス担当)

 いざという時どんな病院にかかるか
 
南淵 今日はそれぞれに立場の違う3人で、皆さんに少しでも有益な、あるいは皆さん自身も一緒になって考えていただきたいということでお話をさせていただきたいと思います。
 今日の演題は「いい病院の選び方」ということですが、ここにおられる皆さんは心臓の手術をお受けになられて、日本の病院とはどんなものか、あるいは手術とはどんなものかをよくご存じでおられる方だと思います。私自身は人にはたくさん手術をしておりますが、自分では受けたことがありません。患者としては、みなさんとは違って医療体験という点では乏しいわけです。
 そういった点からすると、私がいつも言っていることですが、皆さんは患者としては、非常に玄人の目で病院を見ることができるのではないかと思っております。これはやはり皆さんがかつてそういうご経験をされた、トラウマと申しましょうか、いつ何どき急に大変なことになる。心臓でないにしろ、そういったときにどういうふうに病院にかかったらいいのかということですね。
 半年ぐらい余裕があれば、世界中の病院からいい病院を探すことはできるでしょう。しかし例えば連休で明日も明後日も休みだ。あるいはお盆だとかお正月だとか、年末の12月31日に「何かおかしいな」と思っても、病院は閉まっている。どうしよう。救急車を呼べば救急車の人は一生懸命来てくれますが、運び込まれる病院は聞いたことがない。果たして大丈夫かなと心配になる。そこには大学病院なり研修医がアルバイトに来ているということも、多々あります。
 
 
研修医が救急病院の当直
 「ブラックジャックによろしく」というテレビでは、第1回の放送(4月11日)に研修医のお医者さんが、いきなり救急病院の当直を任される。「じゃあ当直、どうもありがとう」なんて5万円ぐらいお金をもらって、その5万円を握り締めて当直室のベッドに寝ているわけです。寝ようと思っても全然、寝れない。救急車がいつ来るかわからない。自分でそれの対応ができるんだろうかなんてことで、まさにさっきお話した「患者も怖いけど、医者ももっと怖い」というふうな感じですね。朝が来るのを震えながら待っている。これは私自身の体験でもありました。
 医者になったばかりのときに救急病院に行きます。そこの病院に行くと当直室で寝ると何か幻聴が聞こえるのです。救急車がいつも鳴っているような気がするのです。全然寝れない。寝ようと思うと「救急車の音が聞こえる、どうしよう」と思って、待てど暮らせど救急車は来ないので、「幻聴かな、頭がおかしくなったんじゃないかな」と思いながら、次の日、大学の医局に戻って同僚に話しますと、「おれもそうだ」なんてみんな言っているんです。これは医者が大変だという話ではあるんですが、そこに運びこまれる患者さんというのはたまったもんじゃないということになる。
 そういうふうな現状というのはここ20年、全然変わっていないように思います。医師会の輪番制ということで、昔は病院がなかったということなんでしょうけれども、「火曜日はどこそこの病院」ということが決まっておれば、救急隊の人はあらゆる患者さんを全部そこに連れて行っちゃうというようなことになるわけです。特に小児科の専門は数が少なくて非常に厳しい状況になっておりますけれども、いろんな社会問題にも発展しております。
 それに関しまして最初にお話しいただければと思います。ディスカッションということでありますけれども、せっかく遠方から来ていただきましたので、いろいろとそれに関する、あるいはそうでない点に関しても思いの丈をお話しいただければと思います。
 まず最初に、阿部康一さん。阿部さんは「医療事故市民オンブズマンメディオ」という会の代表であります。その意味では阿部さんが最も皆さんに近いのではないかと思います。患者さんの立場から、医療側とかあるいはメディアとかではなくて、患者さんで治療を受ける、あるいは受けた側の立場から活動をなされておられます。もちろんメディアにも取り上げられておりますが、では阿部さん、どうぞ。

 医療事故の被害者を支援するオンブズマン
 
阿部 皆さん、こんにちは。(拍手)温かい拍手をありがとうございます。私は遠方からと言われましたけれども、住まいは大和市にありまして大和成和病院は近くなんです。幸い今のところ、病院の世話にはなっておりません。
 「医療事故市民オンブズマンメディオ」という名前の市民団体の代表を務めています。メディオというのは、97年の10月に設立されました。今年が6年目です。今年の10月で丸6年ということになります。医療事故というのは、皆さんどうですか。最近では知られるようになってきたんですけれども、90年代の医療事故というのはないものとして扱われてきたわけです。実際、私の父が医療事故に95年に遭って亡くなったんです。それを元に、医療事故についてずっと考えてきました。
 今日、来る予定でした副代表の伊藤隼也も同じような境遇で、彼も父親を医療事故で亡くしました。そういう医療事故の被害者はとても限られた集団なんですが、そういった人たちが集まって私自身、伊藤隼也もそうですけれども、医療事故に遭ってどうしていいのか全然分からない。何をして、だれに相談していいかも分からない。
 そういった中で、個人、個人のいろんな救済に向けて活動してきたわけです。そういったノウハウを医療事故に遭って困った人たちの力になればということで、メディオという団体を立ち上げました。最初メディオは会員が60名ぐらいの小さな団体でしたが、今は500名を超える団体になっています。
 普通、市民団体、市民のグループとかそういった会で会員さんが増えるというのはとても喜ばしいことなんですけど、メディオの場合は会員さんの80%から90%の方々が医療事故の被害者、もしくは家族の方々なんです。ですのでメディオの会員が増えるというのは、それほど喜ばしいことではないんですね。ですが一般会員の方も増えていらっしゃいまして、医療について関心のある方がメディオに入会されています。
 ちょっと話を戻しますけれども、そういった形でメディオは医療事故の被害者の支援をしています。具体的にいいますと、医療事故を扱う弁護士さんと一緒にこういった『医療事故対処マニュアル』といった本を、私自身は執筆者の1人として記事を書かせていただいておりますが、こういった本でもって医療事故に遭ったときはこのような対処をしなさい、したほうがいいですよといったアドバイスをしています。 来週の土曜日も、この本を基にセミナーを開催する予定です。
 市民団体としては、医療をよくしたいという気持ちがとても強くあります。医療事故に遭ったからこそ、医療の危うさを知ることができたわけです。医療事故に遭ってからの人のケアだけではなくて、医療事故にみんなが遭わないようにするためにはどうしたらいいのか。あのときこうしていれば私は医療事故に遭わなかったというような事例が、とてもたくさんメディオに集まってきています。

 これで安心!病院選びの掟111
 そういったノウハウを集約して、伊藤隼也が『これで安心!病院選びの掟111』という本を書きました。 これは昨年発売されたもので、医療ミスから身を守る患者マニュアルです。講談社から出ています。これはとてもいい本です。医療とはいろんな医療があるんです。慢性病とか急性の医療とか扱うのですが、今、厚生労働省なんかでも医療改革という話をしていますけれども、それは毎年1兆円ずつ医療費というのは増えてくるのです。それをどうやって抑制しようか。もしくは限られた医療費をどの分野に投入するかといった議論がなされているわけです。その中でなかなか医療の質という話は出てきません。ですから現状どうやって自分の身を守るか。それを私たち患者が考えていかなくてはいけない問題です。
 この『病院選びの掟』の中では、手術、投薬とかいろいろあるのですが、その中に救急医療の掟というものがあります。日本ではいろいろな救急病院がありますが、1次、2次、3次とに分かれています。この1次、2次、3次に分かれていることをご存じだった方は挙手をお願いできますか。どなたもいらっしゃらない。1名いらっしゃいますか。
 1次というのは外来診療専門で、入院を必要としない方が訪れる所です。2次というのは24時間、いつでも緊急入院に対応できるんですけれども、全国に4000以上あります。日本に病院は1万ぐらいあります。その40%です。ですから要するにピンからキリまであるわけです。3次医療、ここは集中治療室とかありましていつでも手術ができる。こちらが全国に164ヵ所あります。神奈川県は8ヵ所あります。そのうち5ヵ所は横浜市です。あと川崎市、相模原市、伊勢原市にそれぞれ1ヵ所ずつあります。
 このメディオではまず、例えばよく夜中に、ピーポ、ピーポと救急車の音が聞こえると思います。私たちは、私も含めていつそのような状況になるかわからないですね。心臓、脳疾患、いつ倒れるか分からない。皆さん一人ひとりが、いつか救急車に乗るという事態になると思うのです。それを予測することもできませんし、その予測できないことに対して、ある程度準備しなくてはいけません。例えば今、気分が悪くなった、具合が悪くなったといったときに救急車を呼びます。その救急車は自分をどの病院に連れていってくれるのかということを準備しましょうというのが、ここに書かれているわけです。

 救急の輪番制は安心か?
 2次救急というのは、各市役所もしくは区役所等に聞けば教えてくれます。私の住んでいる大和市でいいますと、「月曜はこの病院、火曜はこの病院」といういわゆる輪番制という制度をとっています。大和市なら大和市の中で、曜日別にこの病院が2次救急の病院ですよと、一つか二つあります。ですがその輪番制というのは、要するにあなたの命が、いつ、何曜日に具合が悪くなったときに送られる病院というのが決まってしまう。ですから曜日によって送られる病院が決まっていて、その病院の医療の質がどうなっているか、よく予測できない。曜日でその人の命、運命が決められているという制度です。  まず、その輪番制に乗っかっちゃっていいのかというのでもって疑問を呈しています。ですから自分で、例えば救急病院として2次指定を受けている病院に対して、例えば小児科はありますかとか、手術はすぐできるんですかとか。手術をするためには検査の技師さんが要りますし、麻酔科医といったものもあります。そういったところを事前に調査をしましょう。できれば3次救急の病院に運んでもらいましょうということが書かれているんです。
 やはり患者にとってはどの病院にかかるか、どんな先生を選ぶかというのは、自分の命を守るためにとても重要な情報です。こういった情報を自分で見つけましょうということです。どうやって見つけたらいいのかという議論がありますが、こういった本を利用されるのもよろしいでしょうけれども、最近は医療法の改正が昨年の4月にありまして、医療の広告が解禁されました。その中でお医者さんの手術の内容とか、そういったものも広告できるようになってきています。そういったような広告を利用する。
 ただ、その広告も本当に信じていいのか。その広告を信用してもいいのかという問題が残されたままになっています。そういう難しい状況もあるのですが、いろんな情報を集めて自分の命を守るために、あらかじめ救急病院は決めておきましょうというのが、きょうここで提案させていただく一つです。

 医療の側で決められる救急病院
 
南淵 どうもありがとうございました。一般論的にいうと伊藤隼也さんの本とか、あるいは救急病院をあらかじめ調べておいて、ここら辺がいいかもしれないということなんですけど、もうちょっと具体的に戦略的なことですね、例えば救急車が来るわけです。すると乗っかって自分はどこかの病院に行きたいと言っても、「きょうの当番はどこそこ病院だから」ということで、緊急隊の人は言わなくても現実にはそういう事情で、要するに病院側あるいは救急隊側、医療側の、あるいは医師会というものが決めちゃう。
 輪番制の制度は救急患者が救急車に収容しても受け入れ病院が見つからず、いろいろな病院に「たらいまわし」されるという事態があったので、これを解消するために全国の地域の医師会が協力して作り上げた制度です。これがなければそれはまたそれで大変な事態になってしまいます。輪番制のおかげで命拾いした人もたくさんおられるでしょう。阿部さんもこの制度を否定するのではなく、むしろここでは患者である皆さんが実情を知って現状を有効に活用する、ということで指摘されていることだと思います。ここ数年の推移を見ていると、救急隊の人材がものすごく優秀になっています。「自分達はただの運び屋ではないぞ!」という意識で大変に勉強されています。しかし今、小児医療が問題になっているように、予算や人材の配備など、こういった問題の答えはなかなか見つからないのが常です。
 例えば、うちの大和成和病院というのはそういう輪番制に入っていたんですけれども、心臓の患者さんが大変多い。夜中も手術をしていたり、風船治療をやったりしているので、いろいろな病気の救急はずれたんです。そうしたらあるお医者さんは「病院でそんな救急車を入れないなんて、それで経営をやっていけるんですか」なんていうことを本気で心配する人がいました。とにかく阿部さんにお聞きしたいんですけど、救急隊員との言葉使いはどうしたらいいんですか。

 患者は見栄をはらないこと・救急病院にカルテを作っておくこと
 
阿部 まずは、先ほどの1次、2次、3次というのがあったんですけれど、どの病院に振り分けるかというのは、やはり優秀なお医者さんで、3次救急のお医者さんが診て、この患者さんは手術をすぐやらなくてはいけない、この患者さんは軽症だからそれほど急がなくていいとそういったものを分別する。とりあえずという作業が必要になるんですけれども、今、実際問題としてそれを行っているのは救急隊員なんです。
 救急隊員がその患者さんを見て診断をしなくてはいけない。救急隊員というのはお医者さんじゃないですから、診断できるはずがないんです。ですから、すぐ見たときに軽症か重症かを判断されるわけです。そのときに患者さんの態度としては、まず見えを張らない。「大丈夫だ、大丈夫だ」という方はいらっしゃいません? そんな大したことはない。例えばご夫婦で、だんなさんが倒れられた。倒れたんだけれど、しばらくすると話ができるようになった。奥さんとしてはとても心配で救急車を呼んだ。だけど見えっ張りというのがありません? 見えを張っちゃって「大丈夫、大丈夫だ」と。そう言われると、まず3次救急には連れて行かれないのです。
 やはり私たち含めて医者じゃないんですから、自分の体の中で何が起こっているのかというのは分からないですよね。ですからそれは「2次か3次か」と言われたら、3次救急の病院に連れて行かれたほうが安心なわけです。ですからまず、見えを張らずに本当に重大なことが起きているということを救急隊員に訴えるということです。
 もっといいのは3次救急、もしくは2次の中でも、設備、人員がそろっている所。そこを見つけておいて、あらかじめ患者になっておく、受診しておくのです。特に小児科の24時間体制というのはほとんどできていませんから、そこをしっかり注意なさって子供の、例えば予防接種をしておくとか、カルテを作っておく。そうしたことで救急隊員に、「ここの病院にカルテがある。ここの病院の、私は患者です」と言えば、その病院に大体は連れて行ってくれます。その2点、見えを張らないということと診療を受けてカルテをつくっておくというのが、私からのアドバイスです。
 
南淵 まだいろいろ議論があるんですけれども渡辺さんがお待ちのようでして、渡辺さんのほうに振りたいと思います。皆さん、ご存じだと思いますけれど医療ルネサンス、あれは戦前から続いているんですか(笑い)、そうじゃないんですか。もう4000回ぐらいということで、ずっと医療に関して。
 今回、渡辺さんにお聞きしたいのは、もちろん患者さんからの情報ということもあるのでしょうけれど、本当に日本中のお医者さんと接して医者の気質というか、あるいは社会性というか、あるいは変な医者がいる列伝というか、そういうのをお書きになれるんじゃないかというぐらい。僕も必ずそれに登場すると思うんですけれども、そういう豊富な情報をお持ちです。どうぞ、渡辺さん。

 手術は件数がものを言う
 
渡辺 渡辺と申します。(拍手)ありがとうございます。確かにそういうものを書こうとすれば、南淵先生は最初に出てくるかもしれませんね。ほかの先生に言わせましても、「南淵というのはいい医者だ。腕もいいし間違いないけど、これぐらい医者の部分があったらこれぐらい違うことをしているから、医者の仕事に専念すればもっといい医者になるんじゃないか」という言い方をする方もいらっしゃいましたけれど、腕は十分に認められている先生ですので、まず第一に掲げたいなと思います。
 さてきょうは南淵先生の患者さんの集まりですね。南淵先生はいつも件数、件数と言われます。「200件超えた、300件超えた」という件数ということをいっぱい強調されるのはご存知だと思うんです。そのことについて、ちょっとお話しさせていただきたいと思います。私どもの仕事というのはどんな記事を出しても、結局はどの医者がいいのという、読む方はそれを知りたいわけです。そのことを我々は重々承知してやっている中で、じゃあ、この人がいいと名前を挙げるんじゃなくて、こういうふうに各地域で選べますよという情報をいかにして出すかというのを、私どもは知恵を絞っているところであります。
 この中で病院の調査を見ますと、現実にどういう病院を選んだかというと、例えばたまたまかかった病院のお医者さんの紹介であるとか、近くにあった大きい病院だったからとか。近くというのは大きいですよね。その結果、散々ご苦労を経験されてここに至った方もいらっしゃるでしょうし、すんなりここに来られた方もいらっしゃると思います。
 その中で悲惨な経験をされる方もいらっしゃいます。例えば一つ、心臓の話で例を挙げます。が定評のある先生だったのでいろいろ話をしていましたら、「いや、ちょっと渡辺、知っているかい。うちの心臓外科はすごいよ」と言うのです。もう今年3人死んでいるぞ。看護師が大騒ぎをしている。うちの病院の内科も将来のある患者さんはよそに回すようにしているけれど、しようがないなという人はうちの外科に回していると。ちょっとひどい。
 そういう話を聞きまして、その後、南淵先生のご協力でいろいろ各施設別の手術件数というのを心臓について入手したんです。そこで見たらその病院が該当する年、手術件数は13件でした。大変な死亡率ですね。ここは大変悲惨なことなんですけれども、これは500床ある大きな病院です。ここの病院長というのは、日本心臓血管外科学会の理事長なんかをやっていた方なんです。
 だから理事長であるがゆえに、自分のところには実はあまり患者さんはいないんだけれども、心臓外科なんかつぶしちゃえばいいのに、一応名前だけ置いているということでしょうか。ここは東大なんです。そうすると、東大辺りで一生懸命ネズミを切っていた先生なんかが、ここなら少ないから大丈夫だろうということで、講師から一応、心臓血管外科部長になるわけです。そうすると年間13件ですから、暇でしようがないですよね。ですから、いつも新聞を読んでいるからいつでもヒマなんて言われまして電話したことがあるんです。「いや、これはおれのデータじゃなくて、前の先生だ」と。あなたは3年間ここにいるじゃないかということもあったんですけれど、そういう形で危険な病院というのは明らかにあります。
 だけど、なぜかここに行ってしまう人がいるわけです。ここから500メートル歩くと榊原記念病院という心臓病で有名な病院があります。ここも病院としては非常に件数が多い所ですが、何でここに行かないでここに引っかかっちゃったかというのは……。私どもとしては事前に電話でもいただければ「とにかくここは避けろ」と言うんですけれども、やっぱり引っかかっちゃう人がいるわけです。
 こういうことがあります。今も件数の話をいたしましたけれど、実はどのお医者さんがいいかというのはなかなかわからない。心臓の場合はまだいいんですけれど、がんとなるとなおさらわからないんです。というのは、どんなうまい先生が手術をしても、例えばいろんな乳がんとか胃がんとか、大腸がんでも違いますけれど、3期とか4期などという状態で治療を受けた場合、一定の方は再発して戻ってこられるのです。それが一体、がんの性質によるものなのか、腕によるものなのか、この辺の判断というのは非常につきにくいんです。ですからそういう場合、お医者さんは当然自分の腕は一番だと思っていますから、病気のせいにするわけです。それがなかなか客観的に評価しにくい。
 しかしながら、心臓というのは唯一といっていいかもしれませんけれども、手術で何をやったか、冠動脈は通っているかどうかとか、内科がどういうカテーテルをやったかとか、全部客観的に分かるのです。だから心臓の先生で、「こいつはうまいよ」という人は間違いなくうまいです。客観的に分かりますから、内輪のうわさ話じゃないですから。

渡辺勝敏

阿部康一

南淵明宏

 件数に満たない病院は診療報酬をカット
 いずれにしましても、ここで重要なのは今申し上げましたが、「件数」ということなんです。件数というものが、実は去年初めて注目というか、社会的な制度に乗ってきたのです。これは私どもは散々新聞で紹介したのですが、保険から収入を得るには施設の基準というのがあります。要するに一定件数以上に手術が満たない医療機関の点数は3割減にするという制度を去年始めました。これはどういうことかというと、一定程度の経験値が要るような難しい治療というのは、そんな件数が少ない所でやるとやっぱり明らかに成績が悪い。だからそういったものはセンター的な病院に集中していこうということで、110の手術についてそういった制度を去年設けました。
 例えば心臓バイパス手術の場合は100件、カテーテルも100件です。あと例えば脳の動脈瘤のクリッピングだったら50件とか、脳腫瘍なんかも50件。いわゆる肝臓がん、肝切除だったら10件。これを1年間に超えてない所は手術費を3割減にします。厚生労働省としては「そういう所は手術してくれるな」と。それは成績が悪い可能性があるからです。そういう件数によって施設を区分けしていこうということを初めてやりました。
 これまでであれば南淵先生が心臓の外科の手術をやっても、きのうまで内科のお医者さんだった人がいきなり心臓外科の手術をやっても制度上は問題になりません。裁判になれば問題になるでしょうけれど。ということで、件数というのはこれまで制度上は全く問題にされてなかったのが、初めて。いかんせん、みんなやり放題にお医者さんがやっている状態というのは問題だから件数によって制限していこうと、こういうふうな制度が始まりました。
 ということでその件数については、例えば大きな大学病院だと件数は多い。だけど、お医者さんもたくさんいるから1人当たりは少ないじゃないかと。必ずしも件数が当てになるかとか、「いやいや、あの先生のところは件数は少ないけれど、とっても上手で間違いのない手術をして成績がいいよ」とか、そういう反論はあるんです。だけど今まで我々が一般患者の立場で、その病院が本当にやっているかどうか、初めて件数という形で一定の水準があるかどうかということを理解する材料が、制度上提出されたということはとても大きな意味があると思っています。そして、それを一つの本にした。実はこれ『週間朝日』なんです。
 これはそのときの施設の基準を基に、あとアンケートを加えて、この『いい病院全国ランキング』480円という主な疾患ごとに。すべての疾患を網羅しているわけではないですけれど件数によってまとめたものなので、これはひとつ病院を選んでみようというときの参考にはなります。読売新聞が朝日新聞を推薦しているぐらいですから、説得力があると思っていただいて結構なんですが。(笑)
 
南淵 大丈夫ですか。会社に知れて(笑い)。
 
渡辺 ええ、患者さんのためですからね。こういうところで格好をつけても、やっぱり役立たなきゃ意味がない、本当にえらい目に遭っている人を我々はたくさん知っていますから。それを考えれば、ここにあるようなもので該当したところにちょっと意見を聞いていただくという手順をぜひ踏んでいただきたいということで、まず件数というのが非常に重要であるということを、ここで改めて確認しておきたいと思います。

 病院における手術の実力
 一つだけデータを加えますと、厚生労働省が制度を始めるに当たって国立医療・病院管理研究所というところでサンプルをいろいろ調査しているんです。例えば胃ガンの成績があります。これは年間60例以上、がんセンターなんかは大体どこもそうです。60例以上だと、死亡率というのは手術してから1ヵ月の死亡を言います。それが6.6%。ところが、年間の症例が12件から24件のところだと、死亡率は12.2%です、倍です。1割の人が死んでいます。
 ですからこういう形でいろんな面ですね。件数だけじゃ分からない面もあるかもしれませんが、我々が客観的に一律に網を掛けて参考にする材料としては大変有効なものです。だから先生のところは何件ぐらいやっているんですかと質問することです。どんな病気であっても手術というかメスが入ること、あるいはカテーテルのようなことであれば、きちんと説明できないような所では絶対受けてはいけません。
 そしてさらに、ここで言った110の難しい手術というのはどこに出ているかというと、読売新聞のホームページで「医療ルネサンス」を開くと、「手術の実力」という連載を去年4月にやっています。そこを見ていただくと、そこで難しい手術とされている110項目が全部出ています、何が難しいかというのが。ですから、身内の方とかどなたかがそれに引っかかるような。肝臓の先生なんかそうです。肝臓もそうだし、肺もそうです。これは手術がうまくないと死にますから、そういった部分についてちゃんとそこについては間違いなく件数のことを確認して探される。それで嫌な顔をする人は受けない。その段階でもう逃げるというようなスタンスをお持ちになったほうがいいかと思います。まずここまで。
 
南淵 どうも本当に勇気を持って朝日新聞の宣伝を出していただき、ありがとうございます。あと今ありましたホームページということも非常に大きな重要な情報なんですけれども、読売新聞というのは、僕も阿部さんもご紹介いただいている医療ルネサンスです。これは相当前まで、5年くらい以上、もっと前ですか? いや、ホームページに載っているもの。6年ですね。だから全部検索できるんです。過去の記事が検索できるというのは非常にまれです。他紙の場合はできなかったりするんです。きょうの記事はできるけど、きのうの記事はもう読めないというような。読売のこの「医療ルネサンス」は非常に良心的です。ですから、先ほど言った手術をやる側も怖いというのと同じなんですけれど、記事を作る各記者の方もこれは残るわけです、5年、6年。いい加減なことは書けない、やっぱり非常な恐怖感でやられている。そこはやはりそういう情報というものを5年、6年、ずっとホームページをいつでもだれでも無料で閲覧できるような、そういう状況にさらしているということはすごく良心的だと思います。

 医療の質をどうするか?
 それと今、渡辺さんがおっしゃった110基準うんぬん。これというのは本当に医療の質ということを厚生労働省が、あるいはいろんなところが医療の質をどうするんだというメッセージです。阿部さんの話にもありましたけれど、それが本当にちょっとだけ日本が文明社会に近づいた。医療の質というものを国家試験だけじゃなくて、件数で見ようということになった第一歩なわけです。
 渡辺さんが強調されたように、逆にいうと各病院の施設がどこにも集計されていなかったわけです。こういう世の中だということを皆さんというのはあまり想像しない、あるいは想像したくないから。あるいはそうじゃない、きっとこんな今の時点で、学会もあるだろうし、手術はだれがどれぐらいの件数をやって。そんなものは当然だれかが知っているはずだというふうに、これを僕は日本人の習性だと思うんです。
 こんなことぐらいだれかがやっているだろう。こんなことぐらい政府がやっているだろう。行政機関がやっているから、あるいはそういう団体があるだろうと、そういうふうなことを皆さんが思い過ぎじゃないか。妄想なんですね。実はこんなことはだれも知らない、だれもやっていない。またここで我々がいかに批判しようと、問題点を指摘しようと、当事者たちは「いや、大変ですね」というようなもので、自分たちが言われているとは全く思わないのです。当事者が誰か分からないということかも知れません。
 本当にそういうときにちょっと話は変わるんですけど、去年、メディオの会に出させていただいたときも、医療被害に遭われて裁判を闘っていらっしゃる方が会場から手を挙げて、もっと医療裁判の実態というものを集計して検討しているんじゃないか、すべきじゃないかというようなことをおっしゃるわけですけど、僕らとしては本当に「えっ、何を言っているんだ、この人」というようなことで、そういうNGOがいっぱいありますよね。そういった団体というのは、本当にボランティアに近い状態で非営利なわけです。
 あるいはそうじゃない団体でも「このぐらいやっているんじゃないの」というような妄想を、やっぱりみんながまず持ってしまうということは、大きく間違っているんじゃないかということを思ったりするんです。とにかくそういった意味で医療の質うんぬんということになると、必ず渡辺さんやあるいは阿部さんも、かつては「医者の学会は何をやっているんだ」なんてことを言われますけど、実態を知っている私としましては学会が何かできるはずなんか全然ないじゃないかと、頭から僕は思うわけです。そんなことで、阿部さんどうですか。医療の質というのは、今後どういうふうにしていったらいいんですか。

 情報開示に消極的な学会
 
阿部 学会という話をちょっと。私は医者でも何でもないんですが、外から見た学会というのをちょっと話をしたいのです。やはり医療事故という観点でもって、学会として活動しているのは本当に少ないです。私が知っている範囲では日本麻酔科学会です。それからあと内視鏡の学会、それから胃がんの学会というのが医療事故に関するアンケート調査をしていまして、その結果を学会誌で公表しています。胃がんについては生存率です。3年、5年生存率、手術の成績というのを公表しています。
 やはり情報を外に、一般に出す方向に来ているのかなという気がしています。逆に言うと、それ以外の学会というのは全然情報を出してないわけでして、患者のためにはなってないんじゃないかなと思います。それは90%以上超えているというお寒い状況ではありますが、患者から情報を出させる、そういった情報を評価するという方向に行かなくてはいけないというふうには思います。
 
南淵 医療の質という意味でも、読売新聞はそういった意味ですごく貢献してきているわけです、お世辞でも何でもなくて本当に。どうですか、渡辺さんから見た、例えば政治とか行政とか、あるいは裁判であり、あるいはこういう阿部さんのような団体であり、あるいは医者の学会であり、患者のまさにこういう会でありというふうなこともあると思いますが、何が力になるでしょうね、この医療の質ということに関して。緊急病院も曜日によって違うわけでしょう。「何だ、そりゃ」ということを、だれも「これはおかしいな」というふうに今、変えようとしないわけですよね。政治なんですか、どうなんですか。

 患者に選んでもらえる情報を開示
 
渡辺 今、医療についていえば、厚生労働省というのはとにかく医療費をカットするというのが一つの大きな目玉というか、評価点になるわけです。無駄のない医療というのは、医療の質がいいことにもつながってくるのです。要するに変な手術をするから、ずるずると行って、亡くなる前に末期の治療をやって医療費がぼんと膨らむということで、個々の手術というか、治療の質を上げたいというのは厚生労働省サイドも持っています。それについてはできるだけ情報を公開して、彼らが「この病院はもうやめちゃいなさい」ということは言えないから、患者さんに選んでもらえるような情報をできるだけ提供していきたいという方向ではあります。
 あとその中で、メディオを始め、ここ5、6年の間にいくつもそうした市民団体というのが、特に乳がんの団体なんかとても活発です。情報公開を始めまして、そこがアンケートをして医療機関の情報を取ってくるとか、情報公開の流れというか、その情報の開示というのがどんどん進んでいるので、要するに患者がそうした情報を得るようになって、自分で問題になるところはとにかくお金を払わない、行かないということにしていくことで淘汰を促していく。
 だから厳しい消費者になっていくことが、やっぱり状況を変えていくということになると思います。病院の側もアピールするようになっています。我々のところなんかへも、「うちは間接鏡はちゃんとやっているんだ、一度取材に来てくれないか。うちのやり方を見てくれ」というようなアプローチが来たり。そういうことで病院としての生き残りをかけて、自分のところが何ができるのかというのを見直すような作業を始めている所もあるので、少しずつとはいえ、やはりこの時期に変わってきていると思います。

 レッドカードをいかにして出すか
 
南淵 今、渡辺さんがおっしゃった「やるべきじゃないところはやめろ」というふうに言えないと言いましたけど、これはどうなんですかね。例えば6時ぐらいのニュースを見ていますと、「医療被害に遭ったこんなひどい人」と同じような状況に、マンションを買ったけど傾いているとか、建築のことも出てきますよね。建築にしても、「えっ、そんな業者がちゃんと存続して仕事ができるというのがおかしいんじゃないか」と、まずみんな思うと思うんです。さっきの年間12例でも、「辞めなさいよ」というふうにだれか羽交い絞めにして、辞めさせるというふうなことというのはできないんですかね。
 
渡辺 いわゆるレッドカードとイエローカードみたいなものです。今の13件しかやってない病院のお医者さんというのは、心臓外科に関してはレッドカードを出してもいいんですね。だれかが出さなきゃいけない病院だと思うんです。今、医者の免許について処分できるのは医道審議会というのがありますけど、あれは犯罪を犯した医者、後から「一応、犯罪者だから免許を停止しよう」とかそうやっている段階なので。あれは普通の一般社会よりも基準が緩いようなものですから意味がないんですけど、あれを確かにきつくしていくような声を上げていく必要があります。いわゆる「リピーター医師」というミス常習者についても、最近いろんな形で報道されています。
 そういったものから免許を何とかしていくとか、あるいは再教育をさせるとか、メスは握るなとか、そういったものができるような機関というか、基準を設けていくようなことも必要だと思うのです。これから新聞の中でそういう形で訴えていきたいと思います。

 遅れているカルテ開示の法制化
 
阿部 医療情報の公開とか開示を求めるというのは、メディオの活動の柱の一つでもあるのです。メディオが設立された97年当時は、カルテの開示の法制化というのはかなり議論されたのです。医療制度改革というのが98年ごろ話をされていて、2000年までには医療改革をしましょうというのをやっていたのです。それが今、先送りされていて、いまだカルテ開示の法制化というのは成立してないのです。
 ようやく個人情報保護法案が今、議論されています。委員会を通って、今期国家を通る予定になっていますが、その個人情報保護法案の中でカルテの情報というのは患者の情報が書かれています。それを今までは患者が手にして見ることはできない、そういうものが法律として保証されてないのです。それがようやく手に取って見ることができるようなった。
 ただ、それも患者が生きていることが前提です。患者が亡くなってしまえばその人の人権というのはなくなってしまいますから、個人情報保護法案では遺族がカルテを見るという権利は保証されないわけです。やはり医療事故という観点から見ると、医療情報は病院側に都合のいいように法律案がなっている。それもなかなか前進しない。5年前の旧厚生省の研究会、検討会ではカルテ開示を法制化しましょうという議論の結論が出ていたんですが、その後の医療審議会で否決された。その後、再度話し合いましょうというのが去年から今年にかけて行われているのですが、議論はほとんど進展がなくて今に至っているわけです。
 さらにカルテ開示については、メディオは厚生労働省に対してこういった論点でもって患者のために、もしくは遺族のためにカルテ開示を法制化しろということを再三、意見をしているのですが、それはまだ報われていない。
 
南淵 今、事前の情報開示の話から、治療の後の情報開示というご発言があったんですけど、渡辺さんもその辺に関してどうですか。やっぱり医療の情報記事になると必ず、治療を受ける前の人よりも、治療の後の「自分はこういう治療を受けたけど、こんなになっちゃった」というような苦情みたいなことが患者さんから寄せられたり、それで病院の対応に関しての不満ということが、つらつらと述べられたりというのもあるのでしょうけれど、どうでしょうか。

 問われる医師の姿勢と説明
 
渡辺 情報。初めに病院を選ぶ段階で、その辺の誠実な説明というもの信頼度を確認するというのは大切な手続きだと思います。今の裁判に絡んだことで一つ申し上げます。今抱えているというか、動いている話で胆嚢がんというのがあります。胆嚢にがんができる。これはかなり奥にあるので、大変検査が難しいのです。これはがんか胆嚢炎かという判断というのは恐らく、大体今、言われているのが1割か2割、間違うんです。
 しかしながら、これががんだったとすると肝臓のほうにまで走っている可能性があるので、膵島、十二指腸切除と言いまして、肝臓から、膵臓、胃腸の一部、胆嚢まで取るような大きな手術が適用されることになります。「胆嚢がんですよ」と69歳の女性が手術を受けました。そうしたら結果として、これは胆嚢炎だったんです。
 ところが肝臓を3分の1残して取っちゃったものですから。普通は3分の1残っていれば大丈夫だという言い方をされるんですけれども、かといってそれは技術の問題もあるし、かなり危険な手術だというのは間違いありません。そういう手術をして亡くなっちゃったんです、お母さんが。本来的にいうと、胆嚢炎だから必要のない手術において亡くなってしまった。これで家族はきちんとした説明を受けないでそのまま泣き寝入りという状態だったのですが、こちらに投書が来まして取材に行ったんです。  そうしたらその病院の院長が「誠実に答えましょう」ということで、院長から、診療部長、当時の執刀医、事務みんな出てきました。いくつか治療の問題点というのを質問しました。例えば胆嚢炎か胆嚢がんか、怪しいところだったら術中に迅速病理というのがあって、切ってそこをすぐ病理で見るのです。そこでシロだったらそこまで切らないとか、迅速病理をやったかどうかというのが一つのポイントになります。それだけ大きな肝臓を切るなら、術前にもう少し肝臓を膨らましておくという処置があります。
 それをやったかどうかとか、いくつかのポイントをいろんな先生に問題点を聞いておいてそれでぶつけたものですから、かなり向こうも誠実に答えてくれたので、どうもやっぱりいろいろ問題はあったというような話になりました。こちらとしても、それだけ元気であったような人が死ななくてもいいのに死んじゃった。このことについて、とにかく今まで謝りはしなかったのかと。これは患者としてもとても納得できないと。「はい、これはがんじゃありませんでした。よかったです。だけど死んじゃいました」と言われてだれが納得できるかということを言いましたら、「確かにその通りだ。後程、家族を訪ねて謝罪に行く」ということで話は終わったんですが、記事にも書きました。
 そうしたら、そこに行くときに申し訳ないと思ったのか300万円を提示したのです。そうしたら来られたほうがびっくりしちゃいまして、「300万円ということは病院が何か大きなミスがあったんじゃないか。じゃあ、300万円じゃなくてもっと、300万円がうちの母の値段か。じゃあ500万円ならいいのか、1000万円ならいいのかよく分からない」と本人は混乱しちゃったのです、この家族のほうも。何かおかしいには違いないけれど、この300万円で……。この院長先生はとても誠実に情報は開いてくれたんです。カルテから何からみんな出してくれたんです。その結果として300万円で遺族はびっくりしてしまった。
 そうしたら私の知らないところで、弁護士が動き始めちゃった。事務的な話になると事務長が出てくるわけです。院長は申し訳ないと思っているから頭を下げているんだけれど、事務長辺りになると「そんなつもりなら、お金のことでもめるんだったら裁判をしてもいいですよ」と一言言っちゃったんです。そうしたら家族としてはかちんときちゃいまして、「じゃあ、裁判をやるよ」という形で実は裁判になりそうなんです。
 ここで我々として非常に複雑なのは、取材に対して丁寧に院長としては応じてくれたことです。ただ、執刀医の態度が悪かったのは事実なんですけれど、取材においても死んだことについてはまったく反省しないんです。やはり何か問題はあったんです。肝臓の切り過ぎが一番大きなテーマなんです。しかもその医師はそれで大して経験がないんですね。家族にはこれまで「おれは肝臓の手術は経験があるから」と言っていて。それじゃ、これだけ切る手術は何回やったんだと言ったら、今までこれが2件目だと。
 1件目はどういうやつだと言ったら、胆管がんの末期だったと。その方は生きているのかと言ったら、胆管がんの末期の状態になると本当に2、3ヵ月という状態ですから、切っても切らなくても難しいというのが結論なんです。当然、この人は生かした手術をしたことがないのです。44歳の医者でしたけれど、今まで肝臓の手術を何回やったんだと言うと、「30件」だと。
 それであなたは経験で物が言えるのかと。「それは言える」という根拠は、日本消化器外科学会の認定医の基準が、肝臓の手術は10件やっていればいいという話です。だから「30件やっているから、おれはいい」と言うのです。そんなもんじゃないだろう、術中にちゃんと判断できないだろうというようなことを議論したんですけれども。
 そこで例えば医者のほうが「本当に申し訳なかった。切り過ぎてしまった可能性がある」ということを言って、そういう謝罪もしていればよかったんだけれど、彼は「いや、死んだ理由はわからない」と言い張るのです。そういったことのコミュニケーションの難しさというものがあって、結果として裁判に移行しそうなんです。
 本当に申し訳なくてこれの再発を防止したいという気持ちが事務にも執刀医も、見えなかったんです、院長はそういう謝意を見せたんだけれど。結局、そこで医者側としての姿勢というものが問われちゃったんだろうなというふうに、経過を見ていて思いました。ですから原則として、やっぱり謝るところは謝ってそんなお話をすべきだろうと思います。
 それが今度変な形になっちゃったのはその態度に問題もあったし、医療事故の話として相当悲惨な事故だったので、その経過に問題があったと思います。基本的には情報を開示しようという病院も少しずつ出てきているので、この流れをですね拡げたい。知らんぷりしたほうが得しちゃうのでは困るので、そこを我々としても問題があれば、小さい問題であれ取材をしていってどんどん明らかにしていくというようなスタンスをもっていきたいと思っています。

 医療の質と政治
 
南淵 そうですね。だから隠したり、あるいは知らんぷりしたほうが得だというんじゃなくて、その逆の、阿部さんもおっしゃったように「隠したらこわいんだ、うそをついたらとんでもない目に遭う」というふうな状況になっちゃえば、そういう事後の情報公開というのは促進される。つまり倫理じゃないわけです。例えば、僕は心臓外科手術は今後もやっていって飯を食っていくという状況において、正しいとか間違っているじゃなくて、こうしないと生きていけないんだというふうな状況をみんなが分かればいいと思うんです。
 最後なんですけれど、医療の質ということで「政治」ということを言いましたけれど、今言った「消化器学会が10例だから、自分は30だからいいんだ」と、本当にその学会の基準ということも全然患者向きじゃないんですよね。内向き、自分たち向きで作られているということなんです。これは本当に何とかこの、建築業界もそうなのかもわかりませんけれど、医者のほう、例えば阿部さんが最初におっしゃった「月曜日だったらいい病院だけれど、火曜日だったらとんでもない。当直医がいるかいないか、あるいは卒業してまだ1ヵ月しか医者をやってないというのが泊まっているというふうなところに自分が放り込まれるかもしれない」ということですよね。
 そういうことはもう絶対やらせないんだというふうなことというのは、どうなんですかね。政治というか、民主主義というのは選挙という制度があるわけです。要らない橋を四つも造って、日本のお国が大変な目に遭っている。あるいは東京湾にトンネルを掘って、車が全然通らない。その金をみんなが100年ぐらいかかって払わなきゃいけない。だれのせいだということになると、やっぱり政治家を選んだ国民のせいなのかなという議論もあるわけですけれど、その点に関してはどうですか。阿部さんからどうぞ。

 医療改革を阻む医師会
 阿部 政治の話ももちろんあるんですけれど、やはりまず情報公開とか、先ほど渡辺さんがおっしゃっていた病院の手術の症例数、これによって診療報酬を決めましょう、水準以下の病院については30%カットということがありました。これは「医療改革、医療改革」と言っていて、医療の質の向上と、あと医療費の削減、この両方を満たすとてもいい策なんです。厚生労働省の久々のヒットかなと思います。
 ですけど、それに反対している方々がたくさんいらっしゃるのです。それが学会のほうです。専門医を守るはずの学会が反対している。最たるものは日本医師会です。日本医師会が反対している。地方の病院や零細な病院をつぶすつもりかと。厚生労働省は、基本的にそういう病院はつぶれてもらっていいという政策の表れなんです。それに対する反抗勢力のわけです。
 その日本医師会が多額の献金をしているある党があって、そこの党からの出身が厚生労働省の副大臣を務めている。厚生労働省の副大臣はすごく問題があるんです。最近では医療事故の訴訟を起こす人たちに対する批判的な言葉を出して、メディオからもそういう医療事故の被害者を無視するような、それを支援する弁護士を誹謗するような、医療の金勘定のために活動をするような副大臣はお辞めくださいという文書を、連休が始まったころに出させていただいています。その前にどんな副大臣がやっていたかというと、帝京大学に対する……何て言うんでしたか。
 
南淵 身内の合否を聞いた大臣ですか?。
 
阿部 ええ。合格が分かる前の寄付、何とか入学というんだろうと思うんですけれども、そういった寄付金を受けて、その口利きをしていた。
 
南淵 「みんなやってますよ」とか言って辞めなきゃいけなくなった人でしょう。
 
阿部 「みんなやって、何でおれだけ辞めなくちゃいけないんだ」と言っていた方です。そういった党でそういった副大臣を出す人たちに対して、何でそういう党が与党なのと。それは日本の、例えばカルテ開示法制化ですね。その法制化に関してもずっと先送りされているのは、そういった政治の問題が大きいということを私は常々感じております。
 
南淵 どうぞ、渡辺さん。

 ポジティブリストとネガティブリスト
 
渡辺 情報開示ということが本当に大切なことだと思うんです。先ほど阿部さんが広告規制ということで、病院が今これは何件やっているよとか、専門医がいるよということを出してもいいことになったんですね。ここが非常に問題があって、これは「数字を出してもいい」なんです。要するに原則出しなさいという問題じゃないんです。ネガティブ・リストとポジティブ・リストという点から考える必要があります。
 ポジティブ・リストというのは、やっていいことを役所が認めるというやり方です。ネガティブ・リストというのは、むしろ原則としてはやっていいんだけれど、それについてやっちゃいけないことを役所として規制しましょう。今の医療で情報開示していいというのはみんなポジティブ・リストで、これだけはやっていいという話なんです。件数を出していいです。
 我々としては、件数はちゃんと資料を整えて出さなきゃいけません。それに対して、もしプライバシーの問題とかあるようでしたら、ネガティブリストを作る。それについては若干留保したらどうだという形で議論を進めていく必要がある。政治の指導性というものがあれば、全然話は違ってくると思うのです。原則情報公開というのは、小泉改革の規制緩和の会議で出している基本的な考え方です。医療改革に関しては原則公開なんです。それがどんどんいろんな議論の中で後退してきているということがあります。もともとの議論の中で展開された話はかなり面白い内容を含んだものなのですが、その辺が残念です。
 それと先ほど申しました件数の問題なんですけれど、心臓は100件のままなんですが、あの後、日本医師会なんか猛反発を食いまして、実は9月に見直しされちゃいました。一部というか基本的に。例えば先ほどの脳動脈瘤というのは50件だという話になったんですけれども、あれをやっている病院というのは日本に今、約1000ヵ所ある中で、あの基準を満たしたのは288だったんです。7割の医療機関が落ちちゃったんです。
 実は動脈瘤のクリッピングというのは脳ドックというものを通して見つかり、非常に練習にもなるので医者にとってはとてもおいしい商売なんです。ですからそれをやっているところが1000あるのに、それが3割になっちゃったら、これは許せないというのでどう変わったかというと、動脈瘤と脳腫瘍と両方ひっくるめて50件やっていればいいという話になっちゃったんです。
 つまり、そういう形で基準がゆるゆるになっちゃった、後退しちゃったという現実があります。この『週刊朝日』なんですけれど、その前段階の基準でつくってあるのでこれは一過性のものなんですけど。そういった意味で、まだまだこの医療というのは医者のためにあるという感じがいたしますので、それを本当に患者のためにしていくには、やっぱり患者が知識も身につけ、厳しく選んでいく。 その中でお医者さんの中でも、先ほどお医者さんの部分とお医者さんでない部分が南淵さんにはたくさんあると申し上げました。医者が医者につばをするような医者の問題を、きっちり医療の問題を自分に引き付けて提起していただくようなお医者さんというものが、もっといろんな分野で出てくると日本の医療は変わってくるだろうなと、とても思っています。

 患者に下駄を預ける医者はだめ
  我々も新聞社の中で言っているんですけど。例えば「心臓じゃなくて脳外科の南淵だとか、消化器外科の南淵だとか、こういう人がそれぞれ出てきてほしいな。お前ら、何とかみんなで見つけようぜ、育てようぜ」なんていう話をしているんです。我々からすればそういう形でお医者さん自身が提起し、そしてみんながその問題意識を共有するような形になってくること、そこが非常に重要だろうと思っています。
 その中で一つだけ最後に、やっぱり病院選びという話。これは我々のところに本当に毎日のように来ます。例えば背骨の腫瘍が見つかった。最近の傾向として、主治医は「好きな所で受けてくださって結構ですから」と。好きな所といったって一体どこでそんなものをやったらいいんだ。こういうふうに患者さんにげたを預けちゃって、ただ放り出しちゃう。本来的にはこういう不備な説明なんです。これがすごく多いんです。それをどうしたらいいんだということで、我々のところに来るのです。
 我々としては何ができるかというと、この患者さんのために頑張ろうかと思えば、知り合いの背骨の先生か何かに電話してみて、背骨の腫瘍というのはだれがどういうふうにやっていると。もし悪性だったら、とりあえず東京ならがんセンターの別府さんというのが割といい人だから意見だけ聞いてみたらどうかとか、そういうアドバイスもできるんですけれど。なかなか、毎日何十件とかかってきますので、とても対応できないことも多いのです。
 患者さん本人が評判がいいと聞いたと。「ぜひ先生の意見を聞きたい」と言ったときに、お医者さん自身も嫌がらないでちゃんと聞いてくれる人たちも多いので、わがままを通して「ぜひ先生に診てもらいたい」ということをお願いするような厚かましい姿勢でいてもらったほうがいいと思います。そこで折れたって全然いいことはないですから。というのは、いろんな例を見ていて我々が感じるところです。
 
南淵 同じ同窓だから悪口は言えないので、「まあ、いいんじゃないですか」と。でも、自分が患者だったらそこに行きますかというフレーズも必要かなと思うんです。
 僕自身は医者としての仕事ばかりやっているつもりが、渡辺さんからはいろんなことをやっているというようなことを言われました。でも渡辺さんの言葉にありましたように、僕自身に本当に医者以外の部分がもしあるとしたら、読売新聞に育てていただいた医者であるというふうに思っています。特にこの「医療ルネサンス」に育てていただいた医者だと思っているんです。
 そういうことで今日のディスカッションは結論めいたもの、はっきりしたものは出なかったですけれども、皆さんにとってはそれなりに有意義な情報ではなかったかと思います。阿部さん、渡辺さん、今日は本当にどうもありがとうございました。(拍手)